宮城教育大学環境教育紀要 第1巻

 

環 境 教 育 の め ざ す も の

―― 環境情報学の視点からの提言 ――

安   江   正   治

 

 要旨:「人と環境」とのかかわりを学習することは、子どもたちの学習能力の発達の動機付けとして意義深いものである。人にとっての環境は自然、社会、情報という多くの側面がある。環境情報学で扱われている「人と外界との相互作用を多面的、統合的にみる」視点が環境教育には大切である。この統合的な観点から学校教育における環境教育の在り方を考察する。

 

キーワード:環境教育、環境情報学、人間情報学、学習能力、動機付け

 

1.はじめに

 本学の環境教育実践研究センターは、青木センター長をはじめ関係者のご努力により平成9年度に発足し、その設立目的ならびに構想と計画は、当センターのホームページ(1)をはじめ関係書類(2)等で報告されている。近年、学校教育における「教育改革プログラム」は、学習指導要領の改訂や有馬文部大臣の年頭の所感(3)で取りあげられ、「子どもたちがその個性に応じて多様な選択ができる学校制度の実現」が提言されている。「心の教育の充実」や「現場の自主性・自律性を尊重した学校づくり」の一環として、学校教育における環境教育が注目されている。本センターは、このような期待の一部を受けて発足したと言えよう。

 平成10年12月に公示された中学校学習指導要領第1章総則(4)において、「国際理解、情報、環境、福祉・健康などの横断的・総合的な課題、生徒の興味・関心に基づく課題、地域や学校の特色に応じた課題などについて、学校の実態に応じた学習活動を行うものとする。」と記述されている。ここにあるように、学校教育における学習活動の改革のなかに、環境および情報がキーワードとして取りあげられている。「環境」や「情報」は、実に多義的な語であり、広範囲な意味をもっている。人間の活動のあらゆる事柄はこれらの語に関連づけられるとも言える。実際、個々の分断した知識を習得するのではなく、全人的な教育視点に立った「生きる力」をはぐくむことの大切さが文献3、4等で提言されている。

 近年、この2つの言葉の概念を統合した新しい研究分

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*宮城教育大学教育学部附属環境教育実践研究センター 

 

野「環境情報学」が我が国においても、大学研究機関等の改革と相まって、知られるようになってきた。国内のインターネット上に公開されている Web ページで「環境情報学」を含んだものを調べると800件余り見つけることができる。数年前は、10件程度しか知られていなかった。学校、大学、研究機関を取りまく状況が大きく変わってきていることが、このような事実からも知ることができる。

 「環境情報学」の概念は慶応藤沢キャンパスの斎藤信男氏の Web ページ(5)に紹介されている。このページで「環境情報学」は、人間と問題領域(自然、社会、産業、教育、文化、芸術等)との相互作用を調和と共存をめざす視点でとらえ、環境の認識と知の再編を行う研究領域として提唱されている。環境教育においても「環境との相互依存性や調和、共存」は大切な概念であり、環境教育を考える上で、「環境情報学」的な視点は大切である。次節において、情報学的観点から環境教育を考察することを試みる。

 

 2.環境教育と環境情報学とのかかわり

 環境教育の考え方は、時代と共に変化してきている。60年代の初期の頃は、農業や工業生産の近代化のひずみとしてもたらされた環境問題として環境教育の必要性が提唱された。近年は、自然環境や社会環境の中の一つの問題としてではなく、人と環境との関わりから、総合的な視点で環境教育をとらえることの必要性が指摘されて

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いる。例えば、平成3年(1991年)に開設された京都大

学大学院「人間・環境学研究科」においては、人間と環境との様々な関わりを明らかにすると共に、その望ましい関わり方を実現しうる新しい科学・技術と人間のあり方の、原理的な研究を遂行すると宣言されている。(6)  この中で、

 「20世紀後半に至って、科学・技術の驚異的な発展とそれのもたらした自然破壊の恐るべき結果は、これ迄のように近代主義や科学・技術至上主義をただ楽天的に追求することが不可能になった」

ことを反省し、

 「人間が開発した科学・技術を抑制し、これを改正して望ましい方向にもたらすことは、同じく人間の知恵と努力とによる他ない。」

と指摘している。

 まさに、このような知恵と努力が、学校教育の学習内容に取り入れられるべきものではないだろうか?では、どのような「知恵と努力」が求められるべきなのだろうか?もう少し、文献6から引用する。

 「このような『生の科学・技術』を見出すためには、自然を外的な対象としてのみ扱い、これを支配することにのみ技術の意義を見つけた、近代科学のあり方を根本的に変え、『限りある自然・自然と人間との共生』という理念のもとに、自然を全体的に保全しつつ、文明を人類にとって未来ある方向へと導くような、科学・技術の新しいパラダイムが発見されねばならない。」

と提言している。この指摘は、本センターが目指している「学校教育における環境教育の実践研究」にもあい通ずるものがある。ここで提言されている「科学・技術の新しいパラダイム」は単なる科学技術論ではなく、科学・技術の担い手は「人はいかに生きるべきか」を内的自覚としてもつことが求められており、その役割は、まさに、学校教育が担うべき役割であると言えよう。このような人間性の育成は、大人になってからではなく、初等中等教育の学年で配慮される事柄である。新学習指導要領等で提言されている「生きる力」というキーワードは、このような視点を指していると思われる。

 社会システムの基盤となる教育は、様々な研究分野で取りあげられている。最近注目されるのは、情報科学分野で行われてきた「人の考える能力」や学習に関する研究成果である。学習や考える行動は以下の4つに概念化できる。

 データ ==〉 情報 ==〉 知識 ==〉 知恵

それぞれの概念の意味は、例えば文献7に斎藤氏によって解説されている。人が外界から取り入れたデータを情報として解釈し、知識(その人、および社会にとって体系化された情報)さらに知恵(行動の際の意思決定の指針)として構築していくことは、まさに学習行動の範疇である。人の学習行動は、従来の教育学の分野だけでなく、「情報の学」として知られる「環境情報学」でも研究対象として取りあげられている。

 環境情報学の手法の特徴は、自然・社会・情報の世界において、これらの世界と人とのつながり ―― ネットワークを形作る多様な関連 ―― に着目して、人はいかにして意識の内に体系化された情報、知識を構築し、行動の指針となる知恵を修得していくかを分析し、検証していることである。

 環境教育は、第3者から与えられる知識としてではなく、相互に協調的な学習行動として体験し、評価しあうことができることに意義がある。地球環境、社会環境、文化環境のいずれにおいても、自分たちの現在の生き方が次の世代の人たちにかかわるからである。この関わりに気づくことが、環境教育の出発点となる。子どもたちが学校教育の場において学ぶ環境教育に、統合的な学習を助ける情報学的な視点が望ましい。次節においてその試案を述べる。

 

 3.環境教育の今後の動向

 環境教育のこれまでの動向は、例えば、国立環境研究所環境情報センターの Web ページにある環境情報ガイドの検索項目(8)から調べることができる。ここには、環境分野の索引項目として、大気環境、水環境、土壌環境を始めとする人間社会にとっての広い意味での生活環境および地球環境に主眼が置かれている。環境行政の視点から編集された環境情報ガイドであることがわかる。一方、学校教育における環境教育を考える上で注目したいのは、日本環境教育学会(9)の活動であり、環境教育の目標と課題を「環境を統合的・全体論的にとらえ、体験的に学習すること」に特色をおいている。単に物的な環境だけでなく、人文・社会科学の諸分野・学際領域を含む教育学・心理学・医学・人類学から芸術・スポーツまでの多様な研究・教育実践を環境教育の範疇に入れている。望むらくは、この範疇に、前述の情報学の領域を入れることが切望される。

 情報学と環境教育のかかわりとして、例えば環境情報データベースや環境教育教材データベースのような、情報学の一分野の「データベース」の領域でとらえられることが多い。前述の環境情報ガイドの検索項目(8)にも、「環境一般・全般」の中に環境関連データベースおよび情報システムに関する事項があげられている。このようなかかわりかたも大切なものであるが、情報学は、従来の工学的な側面ばかりでなく、最近は人に主体を置いた人間情報学という人文的な分野へと研究領域を拡大してきている。環境教育においても、単に物的な環境に目を向けるのではなく、もう少し、人に主体を置いた視点に立って検討を進めてはどうだろうか?学校教育現場におけるクラスルームのあり方や人と人とのあり方の問題も、「人とまわりの世界」とのかかわりと見ることができ、広い意味で環境教育の範疇である。これからの環境教育のひろがりを考えるとき、このような人間情報学的な、または環境情報学的な視点が不可欠である。

 子どもたちは、自律した意識を持つようになると、自分たちが今日ある姿を内省し、次の世代に何を伝えるべきかを考えるようになる。自分たちは将来社会においてどのような役割を担うべきかを思案する。このような時期に、環境情報学でいう総合知に裏付けされた環境教育は様々な教科の中において進められるべきである。この知識は、自主的に学習し、仲間に伝え、検証することで、獲得される性格のものである。このような性質の学習には、人と人とのネットワークと、互いの知識を公開されたデータベースとして共有することは、不可欠な要素である。これらの要素は、情報ネットワークの整備や知識データベースの開発などの情報分野の技術革新によって整えられてきている。従来の問題指摘型の環境教育から、自分たちの生き方に根ざした次世代志向型の環境教育を遂行するのに適した新しい時代にさしかかったと言えよう。

 

 4.まとめ

 本学の環境教育実践研究センターの関連資料(1、2)にあるように、学校教育における環境教育のあり方は自分たちの住んでいる世界の〈基礎的知識〉、実践による人としての〈感性〉、人・自然・社会・情報を一つの統合した環境システムとしてとらえる〈総合知〉―― この知識、感性、知性の3つの面を育成することにあると言えよう。本センターは、この実践研究計画を具体化すべく、3つの分野、環境教育基礎、実践、システムからなっている。それぞれの活動方針は、本センターのパンフレットに述べられており、インターネット上に EEC パンフレット(10)として公開されている。これらの新設された分野の活動計画は、着実に具体化されている。例えば実践分野においては、その成果を伊澤たちは金華山 SNC 論集第3集(11)として報告している。伊澤たちの活動には、自然観察を通して、自然の本質を学び理解する感受性を育てると同時に、「人生にとって非常に大切なこと」を学ぶ視点が込められている。この報告集で、人としての生きる感性の大切さをマザー・テレサの生涯の献身に言及しながら述べていることは、まさに、環境教育において大切な「自分たちの生き方に根ざした次世代志向型の環境教育」的視点を実践研究において具体化した事例といえる。また、基礎分野においては、学校教育における環境教育を推進するために必要な環境の各種事象と環境指標物質・生命などに関する総合的な認識を学習するための教材開発を行っており、その成果は水中の微小生物図鑑(別名、サーバー図鑑)(12)やフレンドシップ事業などとなって実現している。システム分野の活動は、「学校教育における情報システム運用の遠隔支援のあり方」として本年報に報告されている。この分野では、情報ネットワークを人と人とのコミュニケーションの支援ツールとして活用し、次世代志向型の環境教育の実現を活動方針としており、その実現に向けて、協調型環境学習知識データベースを対話型環境の元で構築するための能動型ソフトウェア群を開発している。(追記参照)この3分野の活動は、文献(10)の page4 に図示されているように、互いに連携した形態をとる新しい環境教育の実践をめざしている。

 これらの活動に見られるように、「人を育てる」という学校教育におけるテーマを、自分たちの住む世界―― 自然、社会、文化を含めたトータルな環境としての世界 ―― をどのようなものにしていくかを、人と環境との関わりにおいて考え行動して行くこととしてとらえることができる。このような環境教育の捉え方は、子どもたちの学習への動機付けとして生かされると考えられる。今後、本センターを中心とした学内のメンバーは、地域の教育機関の人たちとの協力関係をとりながら、ここに提示した研究活動を学校教育の場に反映させるべく、研鑽を積んでゆきたいと願っている。

 最後に、本センターの設立に心血をそそぎ、メンバーの活動に暖かい励ましをかけてくださっている青木守弘センター長に心からの感謝を捧げたい。

 

 参考文献

  1. 宮城教育大学環境教育実践研究センターホームページ http://www.miyakyo−u.ac.jp/lab/env/
  2. 青木守弘編集、宮城教育大学 環境教育実践研究
    センター(平成10年3月)
  3. 有馬朗人、 平成11年 年頭の所感、http://www.monbu.go.jp/message/jmmesse53.html 
  4. 文部省告示第176号、中学校学習指導要領
    http://www.monbu.go.jp/news/00000298/mokuji.html 
  5. 斎藤信男、環境情報学概要
    http://envinf.slab.sfc.keio.ac.jp/slide/envin_14f9821/sld001.htm 
  6. 京都大学大学院 人間・環境学研究科の趣旨と概要のページ
    http://www.adm.kyoto u.ac.jp_14/―jinkan/main―j.html 
  7. 斎藤信男、環境情報学講義ノート、情報の意味
    http://envinf.slab.sfc.keio.ac.jp/slide/envin_14f9822/sld004.htm 
  8. 国立環境研究所環境情報センター、環境情報ガイド
    http://www.nies.go.jp/japanese/eicj/―guide/d00022.htm 
  9. 日本環境教育学会
    http://www.fsifee.u gakugei.ac.jp/org/jsee/jsee j.html 
  10. 宮城教育大学環境教育実践研究センター、環境研パンフレット(平成10年3月)
    http://www.miyakyo u.ac.jp/LAB/env/panf/index.html 
  11. 伊澤紘生、自然観察とボランティア、金華山 SNC 論集 第3集 p.1 (平成11年2月) 
  12. 宮城教育大学環境教育実践研究センター、仙台市科学館、日本電信電話株式会社の共同プロジェクト、微小生物図鑑(サーバー図鑑)、
    http://bio eec.ipc.miyakyo u.ac.jp/micro ―zukan/owa/microzukan―search/ 

 

 補足:利用者参加型環境学習データベースの管理・運用の概念 

 ユーザインターフェースを Web ブラウザに準拠したものとし、表示画面を Web ページのリンク集形式とする。以下、要求分析と、仕様設計を記す。
 1)要求分析

    1. 学校教育の場で、教師用の参考資料としてインターネットの世界に公開されている Web ページを活用したい。 
    2. 子どもたちが、将来の進路、自分の適性、生涯学習のテーマを考えるのに参考になる Web ページを教師が適切に指導できるように学習のためのリンク集を用意したい。 
    3. 子どもたちの発達段階に対する配慮がなされている教科書等に準拠して1-1)、1-2)に参考になる Web ページを教育情報データベース化 
    4. このデータベースは、一部の人が作るのではなく、学校教育にかかわる先生も参加できる、エンドユーザ参加型としたい。従って、授業教材として作成したものを追加登録が可能。 

 2)仕様設計
 2−1)  概念図
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