宮城教育大学環境教育研究紀要 第1巻

 

「宮城県津谷高等学校学校林の植物相と植生:  自然教育

実践のための基礎的研究」の概要 *

平 吹 喜 彦  ** 荒 木 祐 二  ***

 

1.はじめに

 宮城県津谷高等学校は、同校が所有する広大で、高い自然度を有する学校林を活用した独自の環境教育の展開を目指しており宮城教育大学附属環境教育実践研究センターとも連携しながら、その構築に着手し始めた。

 もとより、実りあるカリキュラムや教材を開発する上で、あるいは‘野外学習を行う場(フィールド)’の自然を損なうことなく、持続的活用を図る上で、あらかじめフィールドの自然環境の実態を把握し、その自然科学的・社会科学的価値や撹乱に対する自己修復能力の度合いを評価しておくことは重要である。この小文は、こうした視点に立って著者らが実施した植生学的な基礎研究の概要を記述したものである。なお、より詳細な情報については、宮城教育大学附属環境教育実践研究センターより発行される「宮城県津谷高等学校学校林の植物相と植生: 自然教育実践のための基礎的研究」(荒木・平吹、1999)を参照されたい。

 

2.調査地の概要

 宮城県津谷高等学校学校林は、本吉町の北端に位置し、北上山地の東縁を構成する愛宕山(およそ海抜620m)の南面を占めている(38°50′N、141°30′E; およそ海抜230〜620m)。その面積はおよそ85.8ha(宮城県津谷高等学校、私信)で、永年の侵食を受けて、樹枝状に分岐した沢と痩尾根、礫質で急峻な南東斜面が卓越している。

 津谷高等学校内(およそ海抜50m)の観測資料(1965〜1974年)によれば、年平均気温は11.3℃、年平均降水量は1261mm、最寒月(1・2月)の月平均気温は0.8℃で、12〜3月にかけて10〜20cm程度の積雪がみられる(宮城県津谷高等学校、私信)。

*宮城県津谷高等学校は、1999年4月に宮城県響高等学校と校名を

***宮城教育大学教育学部生涯教育総合課程自然環境コース自然環境

 

3.調査・解析の方法

 野外調査は1998年4〜11月に、8回(延べ17日)行った。この間、学校林内を踏査して、生育する維管束植物や植生・立地の状況を記録した。不明種は採集し、押し葉標本にして持ち帰った後、同定した。

 植物相に関しては、@環境庁自然保護局(1988)の分類体系に準じて、確認できた植物の目録を作成するとともに、A既存の文献(後述)を参照しながら、保全・学術上注目すべき植物を選定した。

 植生に関しては、@予察的な踏査の後、Braun―lanquet(1964)に準じた植物社会学的調査を行い(方形区の総数は49で、その大きさは原則として15m×15m)、群落組成表を作成して群落を抽出し、それぞれの特徴を把握するとともに、A踏査記録と航空写真、林班図を基に現存植生図を作成して、各群落の分布状況を解析した。さらに、B判明した学校林の現存植生の実態(各群落の種組成や種密度、階層構造、占有面積、分布パターン)、およびそれらと立地(海抜や微地形、土壌条件など)や人為(伐採や植栽、除伐、間伐、牧野管理など)との関わりを検討した。

 また、学校林の保全・活用に係わる議論を進めるための素案として、こうした調査結果を統合させて、利用形態別領域区分(ゾーニング)をはじめとする具体的施策をいくつか提示した。

 

4.結果および考察

1)植物相

  学校林内では、89科403種の維管束植物(亜種・変種を含む)が確認された。その内訳は、シダ植物が7科19種、裸子植物が3科5種にとどまり、双子葉植物が70科304種、単子葉植物が9科75種

改める予定である。

専攻専修

 

であった(表1)。

 この中から選出された注目すべき植物は、@学校林と近い距離に位置する南三陸金華山国定公園および陸中海岸国立公園の特別地域内指定植物(環境庁自然保護局、1981)として、アズマイチゲやウスバサイシン、カタクリ、シロバナエンレイソウなど17種、A植物版レッドリスト(環境庁自然保護局野生生物課、1997)掲載種(絶滅危惧・類)として、センウズモドキとナンブワチガイソウの2種、B地理的に分布が限られている種(例えば、木村ほか、1989、1992)として、キクタニギクやキバナイカリソウなど5種、C学術上重要な種(例えば、内藤ほか、1973; 木村ほか、1989; 高山、1989)として、イヌブナやブナなど7種、の合計29種(重複種あり)であった。

 学校林の植物相は、@人里植物や帰化植物、シダ植物の種類が少ないこと、A林床では、概してミヤコザサが繁茂していること、Bいわゆる‘渓畔植物’が比較的豊富であること、Cイヌブナやブナ、ミズナラ、アカマツ、ケヤキ、サワグルミといった極相種の大木(およそ胸高直径50cm以上)が残存していること、によって特徴づけられた。 

2)植生

  学校林は、南端を横断する自動車道路とそれに付随した造成地(面積0.5ha)を除いて、ほぼ全域が森林に覆われ、その森林植生はかつての薪炭林や牧野などから遷移した二次林と有用樹の植栽に由来する植林に二分された(表2、図1)。

二次林は、おおむね海抜350m以上の地域を中心に広い面積(64.9ha)を占有し、尾根上のアカマツ二次林、谷壁斜面上の落葉広葉樹二次林、沢沿いの

 

表1. 確認された維管束植物の科および種数(亜
    種・変種を含む)


分 類 群         科    種


シダ植物          7    19

種子植物         82   384

  裸子植物        3     5

  被子植物       79   379

    双子葉植物    70   304

      離弁花類   50   195

      合弁花類   20   109

    単子葉植物     9    75


合   計        89   403


渓畔二次林の3群落に区分され、立地に応じた種組成の違いが顕著であった。もっとも占有面積の大きい(47.6ha)落葉広葉樹二次林については、さらに、相対的に低海抜域に分布するコナラ優勢型と高海抜域に分布するミズナラ優勢型、および両者の移行域(およそ海抜400m前後)に分布するコナラ・ミズナラ優勢型の3タイプが識別された。

 アカマツ二次林では、胸高直径35〜55cmのアカマツ大木と大きな株となったヤマツツジ、およびミヤコザサが優占し、落葉広葉樹二次林と共通する陽生植物が多数見い出された。落葉広葉樹二次林では、胸高直径20〜40cm程度のコナラあるいはミズナラとともに、クリやマルバアオダモ、カスミザクラ、ハクウンボク、ヤマツツジ、ガマズミ、サワフタギ、オオバクロモジといった萌芽再生能力に優れた陽樹、およびミヤコザサやヒカゲスゲ、チゴユリ、タガネソウ、アキノキリンソウといった陽生植物が顕著であった。渓畔二次林は、常時水流が認められ、大きな岩礫が露出している沢に沿って分布していた。胸高直径20〜50cmのミズキやケヤキが優勢で、アワブキやオニイタヤ、チドリノキ、サワシバといった樹木、サルナシやフジといったつる植物、セントウソウやタマブキ、コンロンソウ、オオイトスゲ、ムカゴイラクサ、テンニンソウ、ツルネコノメソウといった草本植物など、崖錐や下部谷壁斜面、水流近くを生育適地とする種の出現、および高い種密度によって特徴づけられた。

一方、植林は、学校林南東部〜南西端の海抜350m以下の地域に集中して分布し(20.4ha)、アカマツ植林、ヒノキ植林、カラマツ植林、スギ・カラマ

 

表2. 群落一覧および方形区数、占有面積。


               

 

群 落 名    方形区数      占有面積

              (ha)     (%) 

 


二次林

 アカマツ二次林    8   13.7   16.0  

 落葉広葉樹二次林  20   47.6   55.5

 渓畔二次林      5    3.6    4.2

植林

 アカマツ植林     1    3.8    4.4 

 ヒノキ植林      1    0.1    0.1

 カラマツ植林     ―    0.5    0.6

 スギ・カラマツ植林  2    1.5    1.7

 スギ植林      12   14.5   16.9

自動車道路・造成地   ―    0.5    0.6


 

合  計       49   85.8  100.0  


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       図1. 宮城県津谷高等学校学校林の現存植生図(1998年11月時点)、

           ならびに保全・活用に係わるゾーニング案。

 

ツ植林、スギ植林の5群落に区分された。相対的に若齢な林分を中心に、除伐や間伐などの施業が不十分な状況が顕著であった反面、スギ・カラマツ植林やスギ植林の中には樹高20m、胸高直径40cm前後の大木が林立する美林も認められた。主に、アカマツ植林は南向きの痩尾根や谷壁斜面に、スギ・カラマツ植林やスギ植林は沢沿い〜谷壁斜面に分布していた。ヒノキ植林の占める面積はごくわずかで、カラマツ植林は牧野跡地を囲む土塁跡に沿って列状に植栽されていた。いずれの群落においても、植栽種が林冠を密に覆っている林分や除伐・間伐直後の林分では下層植生が貧弱となり、過去の施業により適度に林冠が疎開した林分では立地に応じた自生種(上述の二次林構成種)が生育する傾向が認められた。

 二次林と植林が卓越する状況は、古くから人間と森林の結びつきが強かった北上山地南部で共通して認められる現象で(例えば、内藤ほか、1973;高山、1989; 菅原・内藤、1989)、学校林の植生は、その意味では北上山地の現状を象徴しているともいえる。しかし、植林に比べて二次林の占める面積が圧倒的に大きく、植林の中に比較的林齢・自然度の高い、発達した林分が存在したことは、学校林の特徴といえよう。また、@植生のありかたと立地や人為との間に明瞭な対応関係が存在することが明らかになったこと、および植物相の項でも述べたように、A東日本では太平洋側で優勢となるミヤコザサが概して顕著であったこと、B個体数は極めて少ないが、イヌブナやブナ、ミズナラ、アカマツ、ケヤキ、サワグルミといった極相種の大木が残存していたことも特筆される。それは、単に植生学上の学術的重要性にとどまらず、いわゆる‘郷土種’として、地域固有の自然環境を保全・創出するにあたって、極めて有用かつ貴重であるためである。 

3)学校林の保全・活用に係わる提言

  こうした植生学的な調査・解析の結果を踏 ま えて、マスタープランの策定や教育プログラムの構築に係わって、いくつかの施策を提示した。本稿では、  その一例として、ゾーニング案を紹介する。

 設定した3領域それぞれの目的と呼称は、@学校林という‘自然の教室、自然の領域’に立ち入ることを意識させ、また学習の動機づけを行う(さらに、必要最小限の施設の建設が可能な)‘エントランスゾーン'、A伝統を活かした林業的施業や五感を活かした自然体験・観察などを行う‘活用・緩衝ゾーン'、B保全上必要となる作業を加えるだけで、自然の成り行きに任せ、自然体験に熟達した者が少人数で自然観察・探求を行う‘保全ゾーン’である。個々の領域の広がりは、図1に示すとおりである。

 もとより、学校林を活用した環境教育を展開するにあたっては、学校林の特性を多面的に把握・評価した上で、教育理念に照らしながら包括的・具体的プランニングを行う必要がある。この意味で、今回提示した施策は、これからの議論のたたき台として位置づけられるものである。

 また、今回の調査はわずか1生育期間だけのものであり、まだまだ解明すべき点も多い。地域に根ずいた継続的研究へと発展してゆくことを期待したい。 

 

5.謝 辞

 本研究を進めるに際しては、宮城県津谷高等学校ならびに同校の教育振興会、同窓会、PTA、そして宮城県津谷高等学校活性化推進会議、本吉町役場の皆様にお世話になった。また、野外調査や不明種の同定にあたっては、庄子邦光先生(宮城植物の会)、米倉浩司博士(東北大学理学部附属八甲田山植物実験所)、山本美奈氏((株)宮城環境保全研究所)、中島久美氏(エヌエス環境(株))をはじめ、菅野洋(東北大学)、會田憲之、富田瑞樹、櫛田恵子、木村恵、木村理恵、菅友子、我妻祐子(宮城教育大学)の皆様からご指導とご協力をいただいた。地図情報システムソフトウエアの使用方法については、目々澤紀子氏(宮城教育大学附属環境教育実践研究センター)からご教示いただいた。皆様に、心から感謝申し上げます。

 本研究は、著者のひとり平吹が兼務する宮城教育大学附属環境教育実践研究センターのプロジェクト研究であるとともに、宮城県津谷高等学校教育振興会から研究助成を受けて実施された。

 

6.引用文献

荒木祐二・平吹喜彦.1999.宮城県津谷高等学校学
 校林の植物相と植生: 自然教育実践のための基礎
 的研究.印刷中.宮城教育大学附属環境教育実践
 研究センター. 

Braun‐Blanquet, J. 1964. Pflanzensoziologie.3 
 Aufl. Springer. 865pp. 

環境庁自然保護局(編).1981.国立,国定公園特
 別地域内指定植物図鑑 −東北編−.619pp. 

環境庁自然保護局(編).1988.自然環境保全基礎
 調査植物目録 1987. 

環境庁自然保護局野生生物課.1997.植物版レッド
 リスト. 

木村中外・佐々木豊・藤田卓.1989.翁倉山県自然
 環境保全地域の植物.「翁倉山県自然環境保全地
 域学術調査報告書」(翁倉山県自然環境保全地域
 学術調査委員会編),21―47+図版.宮城県. 

木村中外・佐々木豊・藤田卓.1992.南三陸金華山
 国定公園の植物.「南三陸金華山国定公園学術調
 査報告書」(南三陸金華山国定公園学術調査委員
 会編),71―174.宮城県. 

内藤俊彦・吉岡邦二・平慎三・菅原亀悦.1973.南
 三陸の植生.「南三陸海岸自然公園学術調査報告」
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 植生図.宮城県. 

菅原亀悦・内藤俊彦.1989.翁倉山県自然環境保全
 地域の植生.「翁倉山県自然環境保全地域学術調
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高山晴夫.1989.志津川の植物.「自然の輝 志津川
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