宮城教育大学環境教育紀要 第1巻
野外フィールドのリモートセンシングと自然環境教育(U)
双方向性インターネット調査システムを利用した
市民の意識啓蒙のためのタンポポ調査
岩渕 成紀*・見上 一幸**・立野 昭宏***・斎藤 智****
要旨:(仙台市科学館、宮城教育大学環境教育研究実践センター、仙台市環境局環境計画課、NTT は、市民調査のための双方向性インターネット調査システム(IISS)を作成した。この調査システムは、市民がタンポポ(セイヨウタンポポ Taraxacum officiale 、エゾタンポポ Taraxacum venustum 、ウスギタンポポ Taraxacum denudatum )の調査を通して市民の環境意識を高めていこうとするものである。この双方向性のインターネットシステムを通して、市民はタンポポの分布に関する基礎情報を送ることができ、それと同時にウエッブ画面を通して地図上で5分毎に更新される調査経過を確認することができる。通常の環境調査では、調査者が最終データを手に入れるまで少なくとも数ヶ月待たなければならなかった。その場合、調査員の関心を持続させることはとても難しかった。本研究に於けるインターネットでの双方向性の調査では、この点が改良され、調査者の満足度も高かった。今回の調査システム作成に際して、住所に対応して7桁の新郵便番号を利用した。この方法で、都市部での画像表示マップは効果的にシステム化できた。しかし、郊外や山林地域では、郵便番号に匹敵する地域が広すぎて住所が地図に対応できなかった。より効果的な双方向性インターネット調査を行うことができるように現在システムを改善している。さらに、この IISS を使って、教育的な内容と学術研究的内容を含んだ新しい環境調査の開発を計画している。)
キーワード:双方向性インターネット調査システム、インターネット、双方向性、環境調査、啓蒙、タンポポ
1.はじめに
環境教育は都市の中心部では展開しにくいという意見がある。しかし、都市という条件の中でも、身近な生物を観察し,その分布を調べ、有効に環境教育を展開できることが分かってきている。また、都市の生物たちがいかに環境に適応して生育・生息しているかということを調べることは、人間が自然環境と共生し、持続的に発展していく上で重要な情報となり、ヒントとなる得る。都市は環境教育を展開する上での一つの大切な視点である。
仙台市環境局と仙台市科学館、宮城教育大学環境教育実践センターでは、都市部でも見ることのできる身近な生きものを対象として、環境教育の場に生かす手段として双方向性インターネット調査システム(IISS;Interactive Internet Survey System)を開発した。
仙台には一般的に、 セイヨウタンポポ Taraxacum @KNofficiale 、エゾタンポポ Taraxacum venustum 、
ウスギタンポポ Taraxacum denudatum の3種類のタンポポが生育しており、これらは大きく在来種(エ
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*仙台市科学館、**宮城教育大学教育学部環境教育実践研究ゾタンポポ、ウスギタンポポ)と、外来種(セイヨウタンポポ)とに分類できる。外来種のセイヨウタンポポは、日本には明治初期に入ったとされるが、今では都市部でも普通に見られる種である。在来種と外来種は生息地に大きな違いがある。在来種は、田園地帯や丘陵地の林周辺に、外来種は舗装道路やグラウンドなどの近年著しく人の手が加えられ攪乱された環境に多く見られる。このことから、在来種と外来種のタンポポの分布を調べることで都市化の度合いが分かるといわれている。今回の調査では、これらのタンポポの分布を IISS を使って調査することで、インターネットを使った環境調査の可能性を検証した。
2.双方向性インターネット調査システムの
構成
本システムを管理する UNIX 対応サーバーを宮城教育大学環境教育実践研究センター(EEC)に設置した。ソフトウエアーの OS は Linux、WebServer は apache を利用した。また、入力されたデータを蓄
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センター、***仙台市環境局環境計画、****NTT宮城支店
積するプログラムとしての CGI、入力されデータからビジュアル表示用の画像ファイルを生成するプログラムとしての cron をそれぞれ開発した。データベースはその加工と利用のし易さからテキストファイルを基本に作製した。それらは、次の4種に大別される。(1)入力されたデータを蓄積するファイルとして Input.txt、(2)数量に応じた表示位置及び画像ファイルを格納するファイルとして data.txt、(3)タンポポの数量と画像情報を格納するファイルとして icon.txt、(4)マップ座標情報を格納するファイルとして place.txt である(図1参照)。
また、トップページは、入力ミスを防止し、調査者のできるだけ正確なデータ入力を期すために入力ページと確認ページとに分岐させた。また、入力ページは、区ごと(青葉区、宮城野区、若林区、太白区、泉区)に表示できるようにした。その際、タンポポを見つけた地域の住所は7桁の新郵便番号の住所を採用した(太白区78地域、泉区51地域、青葉区110地域、若林区80地域)。タンポポを見つけた数については、選択する値を4段階に分けて行った(見つからない=0、数株以下= S、両手を広げたぐらい= M、広範囲= L)。タンポポを見つけた数については、プログラムの換算値を書くステップの上限値とし、11〜20の場合は20、31〜40の場合は40、41以上の場合は50とした。
各項目の入力後に確認ページを表示し、記入の確認ができる工夫を行った。送信されたデータはデータテーブル(input.txt)に蓄積し、それと同時に管理者に自動的にメール送信される仕組みを作った。また、調査者にはお礼のメールが自動的に送られる仕組みも作成した。仙台市全体のマップはサイバーマップジャパン(凸版印刷作成)を使用し、25エリアに分割した。また、各エリアは環境庁基準の3次メッシュの境界線によって分割した。タンポポを見つけた地域の表示位置は、place.dat に基づいて表示されるように工夫した。これは、地域を x+α、y+β座標に変換し表示するシステムである。また、タンポポの調査結果が入力されてから、インターネット画面を通して地図で確認できるまでの時間を5分間とした(図2:双方向性インターネット調査システム;IISS のフローチャート参照)。
図1 双方向生インターネット調査システム(IISS)のシステム構成図
図2 双方向生インターネット調査システム(IISS)のフローチャート
3.タンポポ調査並びに IISS の作成日程に
ついて
タンポポ調査に関する全体の日程は以下の通りである。特に*マークは双方向性インターネット調査システム(IISS)に関する項目を示す。
1997年12月2日(火)第1回生きもの調査検討委員会
平成10年度生き物調査の対象生
物をタンポポに決定
1998年1月7日(水)第2回生きもの調査検討委員会
1月中旬 タンポポ調査の調査票の作成開始
1月末 市民センターへの協力依頼
1月26日(月)環境庁へ3次メッシュマップに関
する問い合わせ*
画像マップへのライン引き*
1月27日(火)第3回生きもの調査検討委員会
タンポポ画像の修正*
プロット打ち込み開始(30日〜)*
1月28日(水)入力フォーマットの決定*
ホームページの修正・作成*
(区ライン引き、仙台市情報挿入他)*
2月2日(月) 座標テーブル作成(〜3日)*
2月4日(水) 宮城教育大学フレンドシップ事業
に向けて
学生のトレーニングプログラムの作成*
2月5日(木) 宮城教育大学学生トレーニングプログラム開催(〜6日)*
2月6日(金) 中学校理科研究会で調査の協力依頼
2月16日(月) 第4回生きもの調査検討委員会
2月18日(水) 小学校理科研究会で調査の協力依頼
3月上旬 市民調査員の募集
(市政だより3月1日号で呼びかけ)
3月10日(火) 第5回生きもの調査検討委員会
3月下旬 タンポポ調査調査票・ポスターの完成
4月上旬 市民向け講習会の実施(〜4月下旬)
私立小・中学校向けタンポポ調査票発送
市民調査員向けタンポポ調査票発送
4月中旬 インターネットによる調査の開始
4月20日(月) タンポポ調査開始
5月20日(水) 調査終了
6月5日(金) 調査票回収締め切り
6月中旬 調査票の集計
7月 調査結果の中間報告
9月 マップ、報告書の作成・配布*
4.IISS による調査結果について
今回、双方向性インターネット調査システム;IISS による調査のアクセス数は、タンポポ調査入力フォームへ460件、タンポポマップへ612件であり、ホームページを見に行ったものの調査に参加しなかったアクセス数を合わせると総計2302件であった。
調査後に詳しく調査結果を集計してみると、1度
図3 双方向性インターネット調査システム
のアクセスで同時に何件も登録している調査者がかなり多く見られることより、実際の総数はこの数字の2〜3倍になるものと思われる。また、紙面による調査者を合わせた調査の総数が4566人であることから、全体の調査に対する IISS 使用者の割合は10%〜30%であったことが予想される。この数は、全体の数からすると少ないように感じられるが、今後インターネットの普及に伴い IISS を使った調査数は増加することが予想される。
5.
モバイルコンピュータによるタンポポ調査今回の IISS による調査では、モバイルコンピュータを使った環境調査の可能性についても実験的に行った。市民センターや学校等でこの方式が確立すれば、IISSによる調査の可能性が拡大することになる。具体的にこの方法は、参加者が実際に屋外を散策しながらタンポポ調査を行い、その場で調査報告書を作成して、モバイルパソコンから送信した後に、調査結果を即時にその場で確認して調査に参加した充実感を感じてもらおうという試みである。この調査は5月9日に八木山市センター、5月16日に坪沼小学校、5月23日に南光台市民センターでそれぞれ実施した。この調査に参加した市民の総数は52名であった。
図5タンポポ調査マップによる調査経過表示画面
この調査を通して、場所を選ばず誰もが調査フィールドから直接入力でき、調査結果を即座にホームページで確認できることが明らかになった。また、この方法は、野外にコンピュータを持ち出し、自然の豊かさを直接体験しながら、データを収集し解析できる利点を持っていることから、デスクワークとフィールドワークの隙間を埋める生態的地位を確立したという意味で重要である。今回の調査では、インターネットの双方向性を生かすことで、生息状況の分布を調べることにとどまらずに、インターネットを図鑑代わりに利用したり、質問や意見を直接 e-mail を使って聞くなどの実験も行い、フィールドワークを豊かに展開できた(図3)。
IISS を使ったインターネットタンポポ調査のメリットをまとめると以下の通りとなる。
■誰もが場所を選ばずに調査結果を入力できる
■マップを使った入力ができるために分かりや
すい(図4)。
■入力データが短時間にマップに反映される。
■マップ上にタンポポの絵が表示されるので、
調査の結果が分かりやすい(図5)。
■モバイルパソコンを使った調査活動の可能性
が拡大する。
6.アンケート調査の結果による IISS の効
果と分析
今回の IISS について仙台市内の小学生44名にアンケート調査を行った。IISS に関する児童の評価は高く、「とても面白かった」と「面白かった」を合わせると91%に達した。一方、「あまり面白くなかった」と「面白くなかった」という内容の否定的な評価は合計してわずか2%であった(図6)。
さらにどんな点が面白かったのかについてのその理由を尋ねた結果が図7である。最も高い評価は「4種類のタンポポマップが見ることができて楽しい」;33%、「タンポポの分布が絵で表示されて分かりやすい_22」;30%とタンポポ調査のマップ表示に関するものであった。図5に示すように調査の内容がマップ上に絵で表示されることに親しみと分かりやすさを感じていることが伺われる。次に高い評価を得たのは、「パソコンを操作するのが楽しい」;22%、「ホームページが見やすい」;7%などのホームページそのものの操作性、親しみやすさであった。その他、「家でもホームページを確認することができてよかった」6%などのインターネット調査の汎用性の広さを評価しているものも見られた。
一方、「地図が25枚に分かれていて目的の場所が探しやすい」を選んだ児童はなく、地図検索方法は小学生には親しみにくい内容であることが明らかになった。
図6 IISSに関するアンケート調査結果
図7 IISSが面白かった理由についてのアンケート調査結果
6.IISS の問題点と今後の課題
旧仙台市街地は、新郵便番号が細かく設定されており、画像表示マップは効果的にシステム化できた。しかし、これに比較して、郊外や泉が岳、秋保、二口、作並などの山林地域は、新郵便番号に匹敵する地域が広範すぎて、3次メッシュに対応できなくなる状況が生まれた。そのため、今回の調査ではそのような地域は、始めにダミーで代表地域にデータを入れ、後日手作業で該当地域にデータを配分する形を取らざるを得なかった。新郵便番号に頼らずに住所から自動的に対応するマップの製作と、クリッカブルマップの併用が重要であり、システムの改善が必要なことが明確になった。
また、現在のシステムは主に市民調査用に作成しているが、RDB(Red Data Book)等の製作のための調査の専門家が使うシステムとして利用することも可能である。専門家による調査の中には公表できない内容が含まれることがあるが、それは専門調査員がパスワードを持ち管理することで解決できる。
また、研究者や専門家の調査であっても公表できるものは公表することで、信頼性の高い新しいデータを市民が利用できるという利点もある。IISS を利用することで、市民調査、環境教育等の教育的な内容と学術研究的内容とがシステム上で共存し、新しい形の調査システムが生まれる可能性が高い。
この調査に対する今後の期待度に関してアンケート調査した結果を図8に示す。この結果を見ると次回の環境調査について「とてもやってみたい」と答えた児童が41%と高い値を示している。また、「とてもやってみたい」と「やってみたい」を合わせると91%の児童がこのような環境調査に興味を示していることが分かる。一方、IISS に関するする否定的意見は見られなかった。
インターネットによる教育の発展的を考えた場合、優れた双方向性システムは欠かせないファクターである。一方的な発信者、一方的な受信者では、コミニュケーションとしてのインターネットの可能性が半減する。今回の研究過程を通じて、IISS の概念は、インターネットの利便性と環境調査の有効性の両者を共生させることのできる可能性を秘めていることが明確になった。
図8 IISSへの期待度に関するアンケート調査
結果;「インターネットを利用したこのよう
な調査があったらもう一度やってみあたいで
すか」への回答
謝 辞
本研究のシステムの製作並びに、実験事業に対する NTT 東北支社マルチメデイアサービス推進部(元宮城支店)の関係各位の全面的ご支援、ご協力に感謝します。