宮城教育大学環境教育研究紀要 第2巻

 

仙台の都市・居住環境の変化

―― 活用して簡易GISを ――

 

小金沢孝昭*・三浦  紳**・小野 朋広***

要旨:本研究は、仙台市の自然環境を改変して形成された人工環境としての都市環境とその都市環境の上に構築される人間活動による居住環境の特徴を、宅地開発の経過に注目しながら検討した。分析方法としては、近年その活用が注目されている簡易GIS(地理情報システム)を使った。 検討の結果、宅地開発による都市環境の変化においては、丘陵地の山林が急速に人工環境に転換されその維持管理が、仙台の都市環境の維持・管理に不可欠であることが明らかになった。また居住環境においては、3つの異なる住民属性の居住構成が明らかになり、都市環境の維持・管理を担う住民主体の属性の地域差が顕著であり、今後の都市環境の保全にとって重要な基礎認識となることがわかった。最後にこの分析を通じて、都市環境の評価・モニタリングのための情報蓄積において、簡易GISが有効であることを指摘した。

 

キーワード:人工環境、都市環境、居住環境、GIS(地理情報システム)、仙台市

 

1.はじめに環境教育で取り上げられる「環境」は、ゴミ問題やリサクル問題といった社会事象のほかは、自然環境に限定される場合が比較的多い。とりわけ環境空間として取り上げた場合、森林や丘陵、湖沼や河川、海といった自然環境空間を取り上げ生態系を観察するという方向性が環境教育の実践ではよく見かけられる。これら森林、丘陵、河川にしても日本の場合、多くは人間の手が加わった人工的環境なのだが、自然として取り扱われる場合が多い。こうした環境認識においては、「環境」=自然環境という図式が支配的で、「環境」=自然環境+人工環境という図式に至らない場合が多い。しかし、実際には環境問題はとくに人工環境において深刻であり、人工環境の劣化が自然の生態系に影響を及ぼし、さらに直接人工的影響を受けない自然環境に影響をも与える場合が多い1)。その意味で人間のつくる人工環境としての農地空間や都市空間がいかに自然環境空間の上に展開され、自然環境へどのような影響を与えるのかという視点が、「環境」を考える上で重要になるといえよう。しかしながら、現実は農地の問題は農業問題として、都市空間の問題は都市問題として扱わ

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*宮城教育大学、 **東北電子計算センター、

れ、これらが「環境」の問題として扱われにくく、これらの問題を自然環境空間にかぶさる形で認識されるということが不十分といえよう。 環境教育においても農地・農村空間や都市空間といった人間のつくる環境空間を認識することよりも「環境」に関連する社会的事象、開発やごみ、廃棄物の投棄、汚染、汚濁といった環境破壊や改変での人間個人や社会の行為に注目する場合が多い。こうした行為に注目するのは当然として、こうした行為の積み重ねが空間そのものの性格を変化させたり、行為が行なわれた場所が環境空間全体を変質させたりするということに注目する必要があろう。大量消費に対応する食糧生産が、大量の化学物質の農業への投入を促し、農地空間の環境負荷を高めたり2)、上流の廃棄物投棄が河川の流域全体を汚濁するということが発生している。

本論では、こうした問題意識にもとづいて、環境教育の基礎的領域の1つとなる人工環境空間の認識の方法についての考え方を提起したい。とくに人工環境空間のうち都市空間を取り上げ、都市空間の変化が自然環境にどのような影響を与えていくのか、ならびに都市空間の変化を生み出す人間の行動につ

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***東北大学大学院

いても検討を進めることにする。事例地域としては、宮城教育大学人文地理学研究室で長年に亘って検討を加えてきた仙台市を取り上げ、これらの研究成果を活用しながら考察を行なう。 考察の手段としては、地理情報システム3)(GIS)を活用することにする。都市空間の認識や環境教育における都市空間の取り扱いが不十分になってきたのは、空間認識ならびに具体的な空間としての地域を認識する手段が地図に限定されていた点にある。地図には様々な情報を入力することはできるが1枚の地図では限界があり、また様々な主題図がつくられるが、多数の情報を入力すれば何枚もの地図を作成することになる。また空間の変化を捉えようとすればまた複数の地図をたいへんな労力をかけて作成しなければならない。人間活動の様々な情報(統計や意識調査)を短期間に地図に表現し、さらに事象の変化を同一図面に重ねあわせて分析すれば、人間の活動空間の特徴や具体的な地域の特徴を容易に読むことが可能である。こうした要望は空間理論や地域研究を行なう者の長年の夢のひとつであった。近年情報処理技術の進歩で、こうした夢を実現する地理情報システム(GIS)が開発され改良され、比較的安価で操作も容易な簡易システム4)も生まれてきた。GISは、絵としての地図に、緯度経度

の座標軸を利用して大量の情報を蓄積することを可能にしたもので、複数の地図を同時に1枚の地図に表現したり、事象の時系列的変化を表示することが

できる。こうしたシステムは、地図を絵から、様々な事象の空間的変化を読み取る道具に変えたといえよう。本論では、簡易GIS5)の特徴を活かしながら考察を進めていく。

 

2.仙台市の宅地開発と土地利用の変化

(1) 仙台市の土地利用変化の原点

 図1は、国土地理院発行の5万分の1の地形図「仙台」の昭和27年版である。現在の地形図と比較すれば、いかに仙台の都市の土地利用が、ここ50年ほどの間で大きく変化したかがわかる。昭和27年時点での仙台の都市的土地利用は、北側の仙山線まで、西南は広瀬川、東側はこの地図では判読が難しいが断層の長町・利府線の範囲の中に概ね限られており、現在住宅地に変貌している中山や八木山地域は林地になっている。

この仙台の都市的土地利用の範囲は、実は1600年に仙台が伊達政宗によって開かれた城下町の最終範囲にほぼ該当する。仙台の城下町は、当時の人口4万人から5万人の規模からすると大きく設定されていた。これは、北側の台ノ原丘陵地を北側の境にし、広瀬川の流れを西南の境にし、長町・利府線によって形成された撓曲崖を東の境にしたように、自然条件による障害物を境界にして城下町の範囲が設定されたためである。さらに人工的障害物として北

図1 仙台市の土地利用の原点(1952年)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国土地理院 5万分の1地形図「仙台」を縮小

と東の境界には、寺町や足軽町を配置し城下町の防御性を高める都市計画6)が作られた。こうして仙台の城下町は、極めて防御性の高い都市として形づくられたのである。明治時代に入り、仙台は城下町から第2師団、第2高等中学校の配置に代表されるような東北地方における明治政府の拠点としての位置を与えられる7)。その後、軍都・学都・商都として大正時代を経て第2次大戦後まで人口を増大させながら、仙台は成長し1945年には28万人の人口を擁するに至るが、都市的土地利用の範囲は、依然として城下町の範囲の中に限定されていたのである。こうした状況は、人口規模に比して広大な面積をもった旧城下町内の空閑地や未利用地の開発や武家屋敷地の再分割によって人口の増大を受け入れ、戦後仙台が支店経済の都市として復興・再生した1950年時の34万人に達するまで続いたのである。

 ほぼ350年間都市的土地利用の範囲が変わらなかった仙台も、人口の増大から1950年代後半から都市的土地利用の拡大がはじまった。住宅団地の造成は七北田丘陵地や八木山地域から始まっていった8)。仙台市街地の東側には、水田地帯が広がっていたが当時の食糧事情から水田地帯の宅地化は進まず、森林の広がる丘陵地の開発が盛んに行なわれた。これらの森林は藩政時代から近郊水田農村集落の貴重な燃料源9)として、山村集落の換金物としての木炭・薪炭源として活用されてきた。また八木山地区は大正・昭和にかけて亜炭鉱山としてエネルギー源産出地域としての役割を負ってきた。しかし、戦後エネルギー革命の進行により、杜の都仙台を形づくってきた市街地周辺の森は、経済的価値を失い、その後、急速に住宅用地として開発されていくのである。こうして仙台は、350年間続いた防御性(閉鎖性)の高い旧市街地と、その周りにここ50年で作られた新興の住宅地とによって同心円的に構成される都市となったのである。都市の機能は中心市街地にあるため、新興住宅地の住民は中心地に通勤する。閉鎖性の高い旧市街地と新興住宅地の間のアクセスは城下町の防御機能によって切断されているために、アクセスを改善する道路やトンネル、橋の新設といった努力が必要となったのである。

(2) 住宅地開発の変化

 図2は、簡易GISを利用して、仙台市の住宅地開発の過程を4つの時期に分けて作成したものである。この図は、住宅地の位置を1kmメッシュの範囲で捉え、それをメッシュの中心位置の情報として表現したものである。

 仙台市の1969年までの住宅地開発は、旧市街地の周辺部の民間住宅開発と七北田川を越えた富谷丘陵地での公的団地開発が中心となった。北部の旭が丘、黒松、南光台、中山の開発は、草地や林地を開発して住宅地造成された。当時、造成技術が未発達であったためこれらの団地は、傾斜地に造成されたものが多く、現在入居者の高齢化が進むと居住環境の悪化が問題にされてきた10)。また西南部では八木山地域が林地開発によって宅地造成された。ここでも傾斜地開発が中心のため北部と同様の問題を抱えている。またこの時期の開発は、公営開発と民間開発が入り交じって進むが法制度十分整備されていなかったため、とくに民間開発の場合、開発業者が購入した林地を造成して宅地化するという自由(非計画的)な立地選択で規模の小さい開発が進んでいった。そのため小規模団地が隣り合っていても、傾斜地であることと開発業者が違うことから道路がつながらないといった状況が生まれた。

 1970年代に入り、新都市計画法の施行を受けて市街化区域と市街化調整区域の区分が行なわれ、以前よりも非計画的な開発は減少したが、仙台都市圏においては市街化区域が広く設定されたため市街化区域内での自由な住宅開発は依然として続いていた。この時期の宅地開発は北部の丘陵地の山林や南部の丘陵地の農地の開発が進んだ。この時期の特徴としては、北部の場合前時期に開発が進んだ七北田川以北の富谷丘陵地の住宅地までが宅地開発の限界地の役割を果たし、その範囲の中で取得された山林の開発が旺盛に展開された。この時期の後半になると、造成技術の発達に伴い従来の傾斜地造成から、傾斜地を切り土、盛り土して造成される平坦な住宅地が、大規模な不動産資本によって開発されるようになった11)。造成された住宅地をすぐに販売するといった初期の小規模な開発業者の開発と異なり、造成した宅地を住宅地需要に合わせながら販売するという方法は、大規模な業者にしかできない方法といえよう。

1980年代に入ると、住宅地開発は北部においては富谷丘陵地での住宅開発が本格化し、その範囲は仙台市を越えて富谷町まで拡大している。また他方で従来から開発が進んでいた旧市街地と七北田川の間の七北田丘陵地においても、先行取得されていた山林が宅地需要をみる形で住宅開発が留保されていた地域で開発が始まった。北部の宅地開発最前線は七北田川を越えていたので、この地域の開発は地価の上昇を見極めた形で開発された。旧市街地に近いこの地域の開発は仙台都市圏全域の地価を再び引き上げる役割も果たした。これらの地域は、有利な条件を持っていたため、大規模な不動産資本で取得し切れず地権者に個人も多く含まれていたため、開発方式は不動産業者一括開発ではなく区画整理組合方式での開発となった。またこれらの地域の開発は、仙台の郊外循環道路、八乙女〜折立線の開通とも関連している。南部においては名取市の丘陵地開発が進んできた。

 

         図2 仙台市の住宅地開発

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          資料:フルタプランニング他

 

 1990年代になるとバブル景気に陰りがでて、宅地開発のスピードは衰えたものの、仙台市周辺での開発・造成が進んでいる。

 このように仙台市の住宅地開発の第一の特徴は、旧市街地から徐々に外側へ外側へと順序よく同心円的に開発されたというより、広く設定された市街化地域の中の丘陵地を、住宅需要や用地取得の状況に応じて中小規模や大規模な開発業者が自らの販売戦略に応じて自由に開発していったといえる。そのため自然環境の改変が計画的といえない状況を示したといえる。公的な緑地ゾーンを設定して取得しないかぎり、緑地は残らず、一時的に残っていたとしても開発待ちの山林である場合が多く、いずれ開発されることになっていった。また、宅地開発の環境改変では、豪雨時の河川の水量変化が問題になるが、大規模な宅地には調整池が義務付けられているもの  
       の宅地造成の位置が自由に設定され
       るためと河川改修がそれと十分対応
       できないといった問題点を抱えるこ
       とになった。

        第二の特徴は、仙台の場合、規模  
       の差はあるものの個別住宅団地とし
       て開発されたものがほとんどである。
       そのため、住宅団地の開発時期とそ
       こに居住する住民の年齢層がほぼ一
       致する場合が多い。住宅購入者の年
       齢層が20歳台後半からから40歳台
       とすると、1960年に開発された住
       宅団地では、現在60歳〜80歳の高
       齢化が進み、1970年に開発された
       住宅団地では50歳台以上の居住者
       ということになる。仙台の場合、家
       族構成の変化によって居住地を変え
       る傾向は、最近の事例であり、購入
       した住宅地で子育てをして、子供た
       ちが独立すると老夫婦で居住し続け
       る場合が多い。そして、仙台の住宅
       団地の開発時期が市街化区域の中で
       混在するため、住宅団地丸毎高齢化
       する団地と若い居住者がいる団地も
       混在する。こうしたことは、居住環
       境を改善する生活上必要なサービスを提供する社会資本の整備の遅れを促すとともに、必要とするサービスが住民属性の違いのために異なったものが要求され、行政がその対応に十分適合できないといった問題を生み出していく。また、前述したように高齢化を迎えている初期に開発された住宅団地は、傾斜地造成が多く高齢者の行動を制限するといった問題も生まれている。

(3) 都市的土地利用の供給源

 住宅団地の開発過程からわかるように仙台市の宅地開発の供給源は、主に丘陵地の山林であった。丘陵地の多くは、昭和20年代まで薪炭や木炭用の雑木林として管理されていたものや煉瓦業者の採土地12)であったり、亜炭鉱山として利用されていた。その多くは広葉樹で、貴重な動物、植物の生態系を維持してきた。それらの生態系を短い期間で人工生態系に切り替えてきたのが仙台といえる。

 図3は、仙台市の農地転用の年次別実績を分布図に表したものである。1kmメッシュ内の農地転用実績を集計して年次別の実績を円積グラフに表示したものをメッシュ内中心に分布表示させたものである。

この図から読み取れるように、農地転用地域は、仙台市の宅地開発地域の外側に広く分布していることがわかる13)。宅地開発された地域内にも多くの農地があるが、一部分が宅地へと転用されているだけで止まっている。仙台市の

宅地開発が、いかに丘陵地の

開発が中心であったかがよく

わかる図である。また七郷や

六郷といった仙台東部の水田

地帯もほとんど転用が見られ

ず、仙台新港周辺に限られて

いる。農地転用が進んだのは

宅地開発というよりバイパス

などの道路開発それに伴う宅

地・業務地域への転用や交通

アクセスや平坦地指向の強い

流通団地や工業団地等の業務

地域への転用が多い。現在は、

日本農業の弱体化の下で多く

の農家は転用を望んでいるが、

人工環境のなかでも環境保全

能力の高い農地の維持は都市環境を考える際には重要である。そのためには、安心して農業が継続される流通条件や都市住民の支援が必要となっている。とくに身近な緑地空間を切り開き環境負荷の高い人工環境空間を拡大してきた都市空間に居住する「杜の都」仙台の都市住民にとっては、残された緑地空間や環境負荷の小さい農地空間の保全は最優先されるべき課題である。

 

3.仙台市の居住構造の変化

(1) 仙台市の人口分布と高齢化

宅地開発によって形づくられた都市環境の中で、その都市環境を日々維持管理するのはそこの居住者であろう。しかし、宅地開発の過程で明らかにしたように、仙台の場合居住者の属性が混在するような宅地開発であるため、そこに居住する住民の意識や行動のあり方がモザイク状に分布しているとために難しい問題が生み出されている。例えば、仙台の抱える都市問題のひとつである交通渋滞14)は、住宅地の外延的拡大と通勤・通学地が都市中心部に集中するために引き起こされるが、通勤・通学者の分布が郊外全域に広がるため、バス交通網15)も中心地周辺で重複し渋滞が進み、それを避ける自家用車も旧市街地との境界で渋滞が進むという事態となっている。

郊外の居住地の住民属性がある程度計画的に配置さ

 

 図3 仙台市の農地転用の推移

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

資料:農業委員会所管資料

れていれば、これほどまでに深刻な事態は生まれなかったといえる。自動車の排気ガス問題を考慮にいれればこうした交通渋滞の生み出す環境破壊も重大なものといえる。

 図4は、仙台市の人口と高齢化の進み具合をみるための指標、老年人口割合の国勢統計区毎の分布である。人口や高齢化は居住区の地域社会の属性、住民の意識や行動パターンを示す重要な指標であるが、地域社会の特徴と密接な関係をもっているために、メッシュ地図(人口密度を、見る場合はメッシュ地図の方が良い)よりも中学校区を基礎にした国勢統計区の方が良い。国勢統計区の地図は、絵としての地図をスキャナーで読取り、簡易GISを使って情報入力単位(ポリゴン)の情報地図に転換したものである。この情報地図に統計情報を入力して作成したものである。

1995年(平成7年)の人口分布は、市街地中心部で小さいものの、宅地開発地域全域に人口が張りついている様子がよくわかる。とくに、最近の開発

 

図4 仙台市の人口分布と高齢化(1995年)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

資料:国勢調査

地域では、子育て世代が多いため年少人口も多く、人口も多くなっている。海岸部の農村地域にも単位面積が広いものの人口が多いことがわかる。人口分布の変化を1970年以降の国勢統計で追跡してみると、人口の増加地域が旧市街地の外側へ拡大していく様子がよくわかる。まさに前述した住宅地開発に誘導されている。しかし、人口が減少していく地域をみると、1985年から1995年の10年間で旧市街地と初期の宅地開発地域で減少が目立っている。人口が外へ移動する過程で中心部の人口の空洞化が生まれている。

高齢化の進んでいる地域は、仙台市の平均値が含まれている老年人口割合(65歳以上人口の割合)が11.2〜14.3%の場所は、初期の住宅地開発が行なわれた地域に目立っている。老年人口割合が14.3%を越える高齢化の進んだ場所は、最初に宅地開発の始まった地域と山村地域に集中している。また、高齢化の進んでいない若い居住者の多い3.8〜8.1%の場所は、最近宅地開発された地域に分布し 
           ている。このように、仙台
           都市内部で前述した宅地開
           発の年齢別の輪切り現象が、
           高齢化にきちんと反映して
           おり、都市内部の居住者の
           特徴が異なっていることが
           明瞭に示されている。さら
           に、高齢化の変化をみると

          この点が明らかである。

          1990年から1995年間の老

          年人口割合が上昇した地域

          は、八木山地区や旭ケ丘、桜

          ケ丘、鶴ケ谷などの初期の

          宅地開発地域である16)。

          (2) 仙台市の居住構成

            都市内部の居住構成の変

           化を、1980年(昭和55年)
           と1995年(平成7年)で
           比較したものが、図5であ
           る。図5は、1kmメッシュ
           に一般世帯の平均的人員を
           載せたものである。世帯あ
           たり平均人員は、単身世帯や核家族、3世代同居家族などの家族構成を示す指標なので、これらの違いがでるようにグループ分をして表示した。

この図から、仙台の居住構成を読み取ると1980年までの宅地開発で生み出された居住構成は、世帯当たり平均人員が、2.1〜4.0人の核家族が多いと考えられる地域が市街地ならびに宅地開発地域全域に広がり、3世代同居世帯と考えられる世帯あたり平均人員4.1人以上の地域が農村や山村地帯に広がるという特徴を示している。この時期は、まだ単身世帯が卓越する地域はまだ表れ       

ていないため、核家族卓越地域

と3世代同居卓越地域の2層の

構成となっていた。

これが、1995年になると、単身

世帯卓越の世帯あたり平均人員

1.0〜2.0人の地域が旧市街地と

その周辺部にある初期の宅地開

発地域に表れている。旧市街地は、

職住分離のため従来からの居住

者が郊外に移動し、中心部は建造

物の高層化が進み、効率的な土地

利用として駐車場やマンション17)

などが増加し、世帯構成的に単

身者ならびに2人世帯の割合が

上昇したためと考えられる。こ

うした単身者卓越地域での地域

社会のコミュニティー維持は難

しく、治安の問題や高齢者に対

するサービスの低下18)などの問

題が深刻になる恐れがある。また

初期の住宅地開発地域では、居住

者の高齢化とともに高齢者の夫婦

世帯や独居老人世帯の増加と居住

者の世代交代による賃貸アパート

増加で若年齢層の単身者が混在化

するという傾向も生まれ、単身者

卓越地域に移行してきたといえる。

これらの地域は居住環境の老朽化

や世代交替に伴う個人住宅地から

共同住宅地への変化、多様な年齢

層の混住化による地域コミュニテ

ィーの維持困難性などが生じてくる。こうした問題は、遅かれ早かれ仙台のほとんどの住宅地域で発生しうることであるため、都市の居住環境や都市環境の整備主体のあり方を考える立場から計画的な地域コミュニティーの育成や用途指定の地域の管理等の検討が必要になる。

核家族卓越地域となる郊外の宅地開発地域は、住宅地だけでなく大型スーパーマーケットやコンビニエンスストアなどの商業施設がロードサイドや住宅地域に立地し19)、居住条件は整備されている。ま

図5 仙台市の居住構成(世帯人員別区分)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

資料:国勢調査メッシュデータ

た学校やコミュニティーセンター、病院などの生活に必要な社会資本も整備されている20)。この地域は、現在もっとも活動的で、緑化運動やゴミリサイクル活動などが盛んに行なわれている。しかし、宅地開発の古い順に住宅団地全体の高齢化や世帯人数の減少が始まりつつあり、居住環境の担い手である住民の環境管理能力が低下する可能性もあるといえる。

 従来の3世代同居型の山村や農村地域においても、徐々に核家族化が進み、農山村型の地域コミュニティーの維持が徐々に難しくなる傾向にある。また農山村における貴重な緑地空間である農地の維持管理も農家の兼業化の進展によって後継者問題が深刻になるなかで難しい状況を示しつつある。

 仙台都市圏の居住構成は、以上のように3層型の構成を示し、大きく区分して3つの異なった住民属性によって都市居住環境が担われていることが明らかになった。今後、仙台は都市環境を行政だけでなく住民自らも維持していくことになるが、その際こうした住民属性の分布の差が環境保全の上からも重要な認識になる。また同時に仙台の都市環境を伝えていく環境教育の場面でも刻々と変化する都市環境や居住環境についての認識が重要な出発点となる。

 

図6 情報地図の1例

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4.むすびにかえて

〜仙台市の都市環境のモニタリング

 以上仙台の都市環境を人工的環境改変された住宅地域の特徴と、その上に居住して活動する人間が形成する居住環境の特徴について、簡易GISによって作成した情報地図に基づいて検討してきた。

 今後とも図2〜図5に示してきたような都市環境、居住環境の動向の情報を絶えず蓄積して、環境変化を追跡する都市内部の環境評価を行なうことが必要になる。今回は自然環境についての評価をあえて行なわなかったが、情報地図を活用した自然環境評価も今後の課題となっている21)。またこうした情報地図を活用した環境教育の教材開発も課題となっている22)

 また、こうした環境評価やモニタリングを継続的にすすめていくためには、都市内部の各地域の情報を画像や文書と地図をリンクさせた膨大な情報集積が必要になるが、図6のような簡易GIS上での情報管理も可能となっている。

 図6は1事例であるが、仙台旧城下町の南部に位置する南材木町、荒町周辺の2万5千分の1の地図である。この地図上に、旧奥州街道沿いの景観を載せたもので、地点ごとに複数の画像や文書も掲載す       
          ることが可能である。また、
          これは絵としての地図に関連
          づけで載せたものではなく、
          緯度経度の地点情報に載せて
          あるので、図2〜図5の開発
          状況や人口、家族構成などの
          諸統計とも重ね合わせること
          が可能で都市環境の評価、モ
          ニタリングをすすめる上で重
          要な道具として活用できる。

           以上、仙台の都市環境の特
          徴と簡易GISの活用事例を
          併せて論じてきたが、今後、
          都市環境の維持を都市の住民
          自らが担うとすれば都市環境
          の再認識と認識方法の改善が、
          住民や行政にとって今後の重
          要な課題となろう。


1) 土地利用の劣化にともなう自然環境の悪化は世界
   規模で発生している。A.J.Conacher(1995)を参照
   のこと

2) 著者も参加した河北新報社報道部編『考えよう農
   薬』シリーズ河北新報社 1992年を参照されたい。

3) 中村・寄藤・村山(1998)を参照のされたい。

4) 比較的安価の地図ソフトとしては、マップイ ンフ
   ォーやアークビューなどがある。

5) 本研究は、平成11年度ファカルティー・デベロッ
   プメント事業の成果の一部である。

6) 城下町造成時期の都市計画や土地利用については、
   後藤(1977)(1981)と阿部(1983)に詳しい。

7) 仙台の都市形成や都市機能の変遷については田辺・
   長谷川(1982)、田辺(1984)、桑島(1984)、安孫子他
   (1995)などを参照されたい。

8) 仙台市の住宅地開発の過程について、千葉(1991)
   や富樫(1994)を参照されたい。

9) 例えば海岸部の七郷集落では、薪を確保するため
   仙台の丘陵地(三居沢、芋沢)に山伐り(ヤマギリ)
   に毎年でかけていた。七郷の今昔を記録する会編
   (1993)を参照されたい。

10) 傾斜地の住宅開発の場合、坂道が多く高齢者にと
   っては、移動が負担となっている。佐々木(2000)
   の旭が丘団地の事例に詳しい。

11) 松原(1982)は、三菱地所の泉パークタウンの開発
   事例を取り上げ、大手不動産資本の開発戦略を述
   べている。

12) 農地転用の動向については、三浦(1999)の農家の
   意識や行動に注目した研究やY.Isoda他(1999)の
   仙台市の農地の変動に注目した研究がある。

13) 仙台市北西部の伊勢吉成団地は、煉瓦業者であっ
   た伊勢産業の煉瓦用採土地を住宅地に開発したも
   のである。

14) 仙台市の交通渋滞については、多くの調査報告や
   研究があるが、ここでは金ケ崎(1996)と佐藤(2000)
   を取り上げておく。

15) 現在、仙台市は交通渋滞の対策としてバス路線網
   の再編を課題にしているが、地下(1991)、佐藤
  (2000)仙台市のバス路線網の変遷を取り上げている。

16) 仙台市内の国勢統計区の人口ピラミッドや高齢化
   の変化については、仙台市情報統計課(1997)を参
   照されたい。

17) 仙台市中心部の高層化や駐車場の立地等について
   は鈴木(1979)、門脇(1991)、竹内(1994)、三浦(1996)
   を参照されたい。

18) 高齢化世帯と単身者世帯の混住化による地域コミ
   ュニティーの低下については、佐々木(2000)に詳
   しい。また高齢者問題と関連して、近年盛んに行
   なわれている高齢者支援NPO活動の事例を取り
   上げたものに阿部(2000)がある。         

19) 郊外のロードサイド開発やコンビニエンスストア
   の立地展開を取り上げたものに、吉村(1993)中尾
   (1994)がある。

20) 生活関連施設の病院や小中学校、銀行などの新興
   住宅地への立地展開の経緯については、小野(1998)
   を参照されたい。

21) 環境教育への自然環境評価や地図化は、宮城教育
   大学環境教育実践研究センターや仙台市科学館で
   取り組まれている。仙台つばめマップはその成果
   の1つである。

21) 情報地図の学校教育現場での実践としては、・パ
   スコと提携して1999年度宮城教育大学付属小中
   学校でアークビューをエンジンにした情報地図
   ソフトウエアの授業実践を行なった。またフア
   カルテイー・デベロ ップメント事業の一環
   として大学生用の情報地図作業マニュアルの作
   成も行なった。

 

文 献

阿部 和彦 1983「仙台城下の空間律とその計画手法に
      ついて」渡辺信雄編『宮城の研究4(近世
      編・)清文堂

阿部美帆子 2000「仙台市における高齢者向け給食サー
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      業論文

安孫子・安東・仁昌寺・小金沢・井上・増田

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      会議ふるさと学会組織委員会

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      地理44巻12号 古今書院

氏家 千春 1995「仙台市における住宅地需要の動向と
      公営住宅の役割」宮城教育大学卒業論文

小野 朋広 1998「仙台市における生活施設の立地と都
      市機能」宮城教育大学卒業論文

小野 朋広 2000「仙台市における都市拡大と居住構造
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      学研究科修士論文

門脇  伸 1991「仙台市中心部の土地利用と地価」宮城
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金ケ崎純一 1996「仙台市の都市機能の拡大と交通渋滞」
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      1992『農薬その素顔を探る』河北新報社 

河北新報社報道部編

      1992『なぜ使われる農薬』河北新報社

      河北新報社報道部編

      1992『もっと安心して食べたい』河北新報
社 桑島 勝雄 1984『都市の機能地域』
改訂・増補版大明堂

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後藤 雄二 1981「17世紀の城下町仙台における侍の居
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小金沢孝昭 1995「仙台という都市」地理教育研究会 

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佐々木史恵 2000「住宅団地の老朽化と居住者の高齢化
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宮城教育大学卒業論文

地下  浩 1991「仙台の都市機能と地下鉄」宮城教育大
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課 1997「国勢統計区別にみた仙台市の人
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田辺 健一 1984「仙台」『東北地方』新日本地誌
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富樫 千之 1994「宅地造成による丘陵地の変貌」仙台
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三浦  紳 1996「仙台市におけるホテルの立地と機能」
宮城教育大学卒業論文

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横山  良 1986「泉市東部地区における宅地化と農地
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吉村  康 1993「仙台圏におけるファーストフード産
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the Changes in Agricultural Land Use

in the Sendai Metropolit an Area,Japan: An Examinationof the Topographic

Characteristics using the Geographical Information System

Australia, Oxford University Press.