宮城教育大学環境教育紀要 第2巻

 

広瀬川の水質分析―水質と環境教育―

村松  隆・國井 惠子**

 

環境教育への河川利用を目的に、広瀬川の源流、上流、中流、下流の各流域から河川水を採取し、広瀬川水質の流域特性とその時期的変化を調べた。pH、導電率、硬度、溶存酸素量、化学的酸素要求量、生物化学的酸素要求量、及び各種の含有イオン濃度が流域の自然環境に依存して大きく変化することが確かめられた。広瀬川は、河川の役割と河川周囲の自然環境を学習するのに適した多くの指標を含んでいる。

 

キーワード  指標と水質、広瀬川、 環境理解

 


1.はじめに

 河川は、水辺の生態、暮らしと水、河川周囲の地形・地質などの環境学習にとって利用価値の高い材料である。しかし、河川水が自然水であり、常に周囲から強く影響を受けているため、河川を学校教育に利用しようとする場合には、河川とその周囲の現状分析を正しく行い、河川に影響を与える種々な環境因子について的確な理解と洞察力が必要である。特に、河川中に含まれる物質についての水質指標は、生物指標と異なって目に見えないものがほとんどなので、指標データの加工による提示の工夫や調査法などの問題も併せて検討しなければならない。

 われわれは、水田水や河川水の水質分析を行い、水質と周囲環境との関連を調べ、自然環境理解に向けた教材の作成を行っている。広瀬川は、奥羽山脈の舟形山系に源を発し、名取川との合流地点まで主流長約46・、流域面積311・の河川であり、その名に由来して浅瀬が多く、地形地質や生きものについて明瞭な流域特性をもっている。本報では、広瀬川の環境教育への活用を目的に、源流から下流に至る水質を調査し、水質の流域特性とその時期的変化について検討したので報告する。

 

2.広瀬川の水質分析

 広瀬川の採水地点を図1に示す。源流として

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*宮城教育大学附属環境教育実践研究センター、**仙台市科学館   関山、上流域として作並宿(作並温泉下流部)と白沢(熊ヶ根橋付近)、中流域として滝の瀬と牛越橋付近、下流域として千代大橋付近である。測定項目は、水温、pH、導電率、Na+、NH4+、 K+、Mg2+、Ca2+の陽イオン、Cl-、NO2-、NO3-、Br-、SO42-、PO43-の陰イオン、化学的酸素要求量(COD)、生物化学酸素要求量(BOD)、溶存酸素量(DO)、硬度である。また、硬度、NO3-、PO43-@TWCODについては、学校教育でよく使われているパックテストによる測定もあわせて行った。イオン成分の分離定量にはイオンクロマトグラフ(Dionex DX-120型)を使用し、DO測定とCOD測定には、それぞれDO=[タ(UD-1型DOメータ、セントラル科学)とCODメータ(HC507型ディジタルCODメータ、セントラル科学)を用いた。水温、pH、導電率、パックテストは採水地点において測定し、BODを除くその他の項目については、試料水をポリビンに密閉し氷冷して実験室に持ち帰り、採水当日に測定した。採水は、6月26日、7月24日、8月5日、9月9日、11月19日の合計6回行った。6月は晴天の日が多く、7月初旬から7月下旬にかけて雨天の日が続いた。また、7月下旬から8月初旬にかけては晴天で猛暑の日が続き、8月中旬から9月初旬、10月下旬から11月中旬頃まで曇りの日が続いた。

 表1は、広瀬川水質分析結果をまとめたものである。

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図1 広瀬川の採水地点

 

 

 

 

表1 広瀬川の水質分析結果

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



3.広瀬川水質の変化

  ―流域による違いと時期的変化―

 採水は、およそ1週間前から天候が概ね安定している日を選んで行った。関山峠付近の源流域の水量は、ほぼ一定していた。作並宿では、温泉水が混入してくる場所であり、いくつかの源流からの流れが集合し、水量も多くなる。白沢の上流域から中流域に進むにつれて、川幅も次第に広くなり、水流も速くなる。牛越橋付近からは、ゆっくりとした流れに変わり、千代大橋の下流に至る。河川周囲の景観も流域によって大きく変わり、源流の山地域から中流の丘陵地・台地を経て、仙台市街地を通り名取川までの低地に至る。

 今回の分析で、pH、導電率、DOなどの指標値が、上流から下流に移るにつれて次第に増加していくことや、温泉水の流入により溶解成分が大きく変化すること、それらの成分が流れに伴って希釈されていくと同時に、河川中の土壌・岩石の風化溶解によって成分濃度が増加していくこと、さらに降雨の影響によって河川水質の顕著な変化が認められたことなど、河川とそれを取り巻く自然環境を理解するのに役立つ多くの知見を得た。

 

(1) pH

 pHは水の液性を表す重要な尺度である。特に河川の場合は、水中の生物の生態、河川中の鉱物などに関わって重要な指標となる。図2aは、河川流域におけるpH変化を示したものである。上流域から下流域に移るにつれてpHが次第に増加していく傾向が認められた。これは、各流


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図2 広瀬川水質


域を構成する岩石の風化溶解と、各流域に棲息する水生植物の光合成に由来したものと考えられる。河川が流水系であるにもかかわらず、特に下流域でアルカリ性を示すことは興味深い。

 河川水のpHは温度、大気環境によって容易に変化するので、採水後直ちに測定することが求められる。

(2) 溶存酸素量

 水中における溶存酸素量は水温によって大きく変動する。実際の測定では、表1に示すように、採水地点によって水温が異なるので、流域による溶存酸素量の違いを比較するためには、各水温における飽和溶存酸素量を用いて実測値を補正する必要がある。図2bは、実測の溶存酸素量より飽和溶存酸素量を差し引いた値をプロットしたものである。上流域から中流域まで溶存酸素量が徐々に増加していく。下流の千代大橋付近では、多少低下する傾向も認められたが、変化量が3mg/L以下と小さいので、源流域を除けば、どの流域も水中生物の生息に適した環境が整っている。

 DO測定は、試料水をポリビン(500mL)に密閉し、氷詰して実験室に運び、直ちに行う。酸素電極を用いた測定法が簡易であり、ウインクラー法等は熟練を要する。

(3) 導電率

 導電率は、河川中のイオン性物質の含有の程度を表す指標となる。広瀬川の場合は、作並宿で温泉水が河川本流に流入するので特徴的な変化が見られる。図2cに示すように、源流域に比べると、作並宿での導電率は大きくなる。6月末の測定では、源流水のおよそ3倍の値を示した。作並宿から中流域の滝の瀬までは導電率が徐々に低下し、それから先、再び増加に転じる。最も下流の千代大橋では、作並宿と同程度の導電率を示した。図2cの変化を、河川本流水の流下に伴ってイオン性物質が支流の流入により希釈され、同時に土壌・岩石の風化による溶解効果が重なった変化として理解することができる。簡単な導電率の測定で河川の役割を知る教材として取り上げることもおもしろい。

 導電率は、導電率メータを用いて採水時に測定したが、pHの場合と異なって、試料水を実験室へ持ち帰って測定しても、現地での測定値と大きな違いは認められなかった。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図3 広瀬川の化学的酸素要求量(COD)と生物化学的酸素要求量(BOD)


(4) 硬度

 図2dに示した硬度は、イオンクロマトグラフによって求めたCa2+とMg2+の濃度を用いて、硬度=2.5×Ca2++4.0×Mg2+の計算式に基づいて算出したものである。流域の違いによる変化は、導電率の変化とよく似ている。特徴的なことは、7月末の河川の硬度が他の時期に比べて、流域全体にわたって低値を示したことである。7月初旬から中旬にかけては降水量が他の時期に比べて多く、降雨が硬度の低下に大きく影響したものと考えられる。7月末の各採水地点における河川水量は、6月末の水量とそれほど大きな違いは無く、硬度が河川流域の水質と天候との関係を理解するための重要な指標となっている。

(5) 化学的酸素要求量(COD)と生物化学的酸素要求量(BOD)

 図3にCODとBODの変化を示す。河川の有機汚濁指標としてはBODが重要であるが、水中の有機汚濁の流域変化を概観する目的で、BODとCODの両者について測定した。CODは、最も高値を示した牛越橋でも2.5以下で、BODについても最大1.5である。流域にかかわらず有機汚濁の少ない水質となっている。わずかであるが、下流域では上流域に比べて有機汚濁の負荷が大きく、最も下流の千代大橋では逆に汚濁負荷が小さくなっている。河川のもつ自浄作用効果がうかがえる1)。広瀬川は地形的にみても流れが速く水量も多い。各流域に停滞水域はほとんど無く、自然発生的及び人為的起源に由来した汚濁水が河川本流へ流入しても希釈効果が大きく、併せて河川の浄化作用によって、有機汚濁指標が低値化するものと思われる。

 学校教育の中で、パックテストにより河川の化学的酸素要求量を求め、においや濁りなどの指標を含めて河川水質を探る試みがよく行われる。表1に示したように、パックテストによる測定は簡便であるが、値の正確さに疑問が残る。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図4 広瀬川水中の主要イオン成分


(6) 河川中の主要イオン成分

 広瀬川水中における主要イオン成分は、表1に示したように、Na+、Ca2+、Cl-、SO42-の4種類である。これらのイオン成分は、河川水の特徴と河川周囲の自然環境を知る上で役立つ指標である。先の報告2)でも述べたように、河川中におけるイオン性物質の形態と動態は複雑であり、種々の要因によってイオンの種類と量が変化する。河川水中のイオン成分は、主に鉱物の侵出と大気を通じた海塩の循環に由来したものと考えられる。広瀬川の場合、上流から下流に至る流域の地質構成は複雑で、上流域では酸性及び中性火山岩の岩石片が多く、中流域では塩基性火山岩類の岩石片と石英、また、下流域では石英と変質した堆積岩が比較的多いことが知られている3)。各流域での河川床を構成する土壌・岩石の浸食によって含有イオンの種類と濃度が異なり、上流域での温泉水の混入に加えて、各支流からの流水が入り込み、広瀬川本流の含有イオン成分の種類と量を複雑なものにしている。しかし、Na+、Ca2+、Cl-、SO42-の4種類のイオンは、広瀬川水質と周囲の環境との関係を容易に理解し得る適した指標と思われる。図4に示すように、これらのイオンは上流の作並宿でいったん高い濃度を示すが、中流へ流下するにつれて低下し、中流から下流へ進むにつれてふたたび増加傾向に転じており、明瞭な変化をみせる。これらの変化は、図2に示した導電率や硬度の変化とよく似ている。主流長約46・の身近な広瀬川の中で、温泉水のゆくえを題材とした学習や、河川中での物質移動に関する学習に役立てることができる。

 

4.環境教育教材の作成に向けた今後の課題

 河川水の水質調査は、自然環境水の現状を経時的に把握し、水質が及ぼす生態系への影響や河川と人との関わりなどを理解するのに必要不可欠な手法である。今回得られた水質データは、環境の実態のひとつを表しているので、生徒たちが身近な環境の仕組みや問題について考えるのに有効に利用できると思われる。現在、広瀬川周囲の生きもの調査も行われており、今後、生物指標と水質指標を基礎環境データとして、自然水とその周囲の関わりを広い視野で解釈できる教育情報を整備し充実させることが必要である。

 

 本研究は、環境教育実践研究センタープロジェクト研究「環境教育のための水質データの整備と環境データベースの構築」の補助と、河川情報センター研究開発助成を受けて実施したものである。支援していただいた関係者各位に御礼申し上げます。また、本調査を行うにあたり、採水と現地測定に協力してくれた宮城教育大学4年の阿部志乃、安達奈央、佐藤由紀子、米山由樹、塩見文浩の学生諸君と宮城教育大学大学院1年の伊海田隆子さんに感謝します。

 

参考資料

(1) 長谷川信夫他、広瀬川の水環境、広瀬川流域の自然環境―広瀬川流域自然環境調査報告―、

pp.219-232,仙台市(平成6年)

(2) 村松隆・國井惠子・高取知男、環境教育のための河川利用―河川中の指標物質の探索―、宮城教育大学環境教育研究紀要、第2巻(2000)

(3) 大槻憲四郎他、広瀬川流域の地質と地形、広瀬川流域の自然環境―広瀬川流域自然環境調査報告―、pp.1-84,仙台市(平成6年)