宮城教育大学理科教育研究施設年報、28(1992)

 

生命科学教育教材としての「水田の微小生物」(U)

――ボルボックスの簡単な培養法の検討――

 

見 上 一 幸 ・ 阿 部 倫 子

宮城教育大学附属理科教育研究施設

 

 

 l. はじめに

 水田は水中微小生物の宝庫であり,東北地方の水田でもボルボックスの美しい姿に出会うことが多い1,2)。群体性の代表的な緑藻類ボルボックスは,小学校,中学校,高等学校で、それぞれ写真資料としてよく見かける。しかし,それを教える教師の中にも,これを実際に見たことのない人は多い。まして教室で培養して生徒に見せることのできる人は少なく,その理由は培養が難しいと思われているためであろう。藻類の簡単な培養法としては,水に土を加えた二相培地(Pringsheims soilwater bi-phasic medium)3)と呼ばれる方法であるが,用いる土壌の質により結果が大きく異なることが多い。また,教育現場で複雑な無機塩類培地(例えば,VT培地,C培地と呼ばれる合成培地など4))を調合するには,経費や時間,実験設備などの点で制約が多い。

教材としての利用を考えるには,素材となる生物だけでなく必要な試薬や器具が簡単に入手できねばならない。商品流通が発達した時代にあっては,手近に市販品で利用できる素材があれば大いに活用すべきであろう。市販されている園芸肥料には何種類かあるが,その中の一つ,ハイポネックス粉末(The Hyponex Company Inc., U.S.A.)はミドリムシなど植物鞭毛虫の他,藻類の培養に古くから使われている5)。筆者らは,1970年に横浜国立大学の斎藤研究室から,ハイポネックス希釈液のみで培養したEnglena graacilisの株の分与を受け,現在もなおその方法で同株の培養をつづけている。ボルボックスの培養には,赤玉土にこのハイポネックスを加えた培養法が,埼玉県立戸田高校で行われており便利な方法である6)。ここでは,園芸品店で容易に入手できる土と園芸肥料のハイポネックスを用いて,土の種類,ハイポネックスの濃度,炭酸カルシウム添加の効果などについて実験し,簡単にできるボルボックスの培養法を検討した。

 

2. 材料と方法

 本実験には,宮城県の水田から採集されたVolvox sp.(図1)を用いた。培養には,園芸品店で購入した土を100 ml三角フラスコに入れ,水道水で濁りが消えるまで数回すすいだ後,水をきり,新たに脱イオン水を70 m1加えた。三角フラスコの口をアルミホイルで覆った後,オートクレーブにかけ,室温まで冷却した。液体ハイポネックス5-10-5(チッソ5:リンサン10:カリ5,村上物産)は,ボルボックスを植える直前に必要量加えた。

ボルボックスを植えた三角フラスコは光の十分な場所に置き,増殖のようすを観察した(図2)。本実験では,基本的には人工気象器(TAlYO BIO‐PHOTO CHAMBER LX-2000)内にて,20±1℃,8,000〜9,000 lx,12時間明期,12時間暗期で培養した。

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KAZUYUKI MIKAMI and MICHIKO ABE: Micro-organisms Dwelling in a Rice Field as a Teaching Material for Life Science Education(U) : Simple methods for cultivating Volvox.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図1. 本実験に用いたボルボックス (Volbox sp.)     図2. ボルボックスの培養 

 

 個体数計測にあたっては,水の表層に集まっているボルボックスが均質に分散するまで,土が乱されないように注意しながら,三角フラスコをゆっくり振った後,駒込ピペットで培養液0.5 mlをデプレッションスライドグラス(ホールグラス)2〜3枚に分注した。デプレッショングラスは,約1 ml入るガラス製のものを用いた。固体密度が高いときは,その培養液0.5 mlを計測しやすい濃度まで希釈してから,数個のデプレッショングラスに少量ずつ分注して計測した。

 

 3. 0.1%ハイポネックス液に用いる土の種類の検討

ボルボックスの培養の成功不成功は用いる土の種類や性質によって決まると考えられている。そこで,セネデスムスやクロレラなどの緑藻類に用いられる濃度0.1%のハイポネックス5)に,園芸品店で容易に入手できる何種類かの土を用いた(表1)。黒土,鹿沼土,赤玉土,軽石(細かく砕いたもの)のほか,商品名ビーナスライト(愛知園芸)やCALLITE(カルライト,北越),または土を全く入れない場合について,以下のような手順で培養液を作成してボルボックスの増殖を調べた。

 

  1. 100 ml三角フラスコに,それそれの土を約40 mlずつ入れた。土によって比重が異なるため,同重量ではなく,同体積の約40 mlずつを加えた。
  2. 水道水で2〜3回洗った後,全体の体積がおよそ70 mlになるように脱イオン水を加えた。鹿沼土は,水に浮いてしまうため,正確な計量ができないが,オートクレーブ後には容器の底に沈むので,その時点で水の量を確認した。
  3. オートクレーブにかけた後,室温に静置し,土が沈殿して濁りが消えるのを待った。
  4. ハイポネックスを0.07 ml加えてから,ボルボックスの培養を1 ml(約800個体)加え,人工気象器内で培養する。
  5. 一週間ごとに培養液を1 ml取り出してボルボックスの個体数を計測した。

 

 それぞれの土についての増殖のようすは,図3のとおりである。土を入れなかった場合とビーナスライトでは,2週間後には完全に消失したため,図には示していない。また,軽石では一旦は増えたが,個体密度は上がらず3週間後に消失した鹿沼土,赤玉土,CALLITE,黒土の場合には比較的よい結果が得られた。少なくとも0.1%ハイポネックスで,炭

 

表1. 0.1%ハイポネックスを加えた場合の土の検討

土の種類

評価

摘   要

赤玉土

最適

比較的高密で,2ヶ月程度の長期間培養が可能である。

鹿沼土

最適

オートクレーブ前は水に浮くため,取扱がやや面倒である。高密な培養が得られるが,50日程度のところで植え継ぎが必要である。

ビーナスライト 注1)

不適

培養できなかった。

黒 土

高密な培養は得られなかったが,きわめて長期の培養ができた。土が濁りやすく,カビも増殖しやすい。

カルライト  注2)

1ヶ月程度の培養であれば,使用可能である。

軽 石

不適

土を入れないよりもよいが,長期間は培養できない。

土なし

不適

培養できなかった。

  1. ビーナスライトの成分
  2. 珪酸76.36%,酸化鉄1.05%,アルミニウム12.4%,カルシウム0.47%,カリウム4.42%,

    マグネシウム0.14%,ナトリウム4.38%,チタン0.02%,pH 7.0

  3. CALLITEの成分

SiO2 70.0%,Na2O 3.0%,Al2O2 15.1%,MgO 1.2%,CaO 3.7%,K2O 2.1%,Fe2O3 2.1%

 

酸カルシウムを入れない条件の下では,鹿沼土と赤玉土がよく,特に鹿沼土の場合には6週間目にきわめて高密度な培養が得られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         図3.  培養に用いる土の種類とボルボックスの増殖

4. ハイポネックスの濃度の検討

 すでに述べたように,土の種類を検討する際には,0.1%ハイポネックスを使用した。しかし,この濃度が最適であるかどうかの検討が残されている。上記の実験で最も良い成績を得られた鹿沼土を入れた培養液に,以下の手順でハイポネックス0%,0.025%,0.05%,0.1%,0.2%,0.4%を入れて個体数の増加を計測した。

  1. 100 m1三角フラスコに鹿沼土20 gを入れ,水道水で洗った後,脱イオン水70 mlを加え,オートクレープにかける。

(2)冷却後,ハイポネックス原液をそれぞれの濃度になるように加える。

(3)ボルボックスの培養を1 ml(約300個体)加え,人工気象器に入れて培養する。

(4)一週間ごとに培養液を1 m1ずつ取り出して,ボルボックスの個体数を調べる。
 その結果,ハイポネックス0%ではほとんど増えず,また0.2%では濃度が高すぎた(図4)。0.4%液では2週間後に消滅したため図には示されていない。鹿沼土の場合は,0.025%から0.1%程度のハイポネックスの濃度が適当といえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       図4.ハイポネックスの濃度とボルボックスの増殖

 

5.炭酸カルシウム添加有無の培養への影響

二相培地では少量の炭酸カルシウム(粉末や石灰石,大理石の小片)を加える。しかし,より簡単な培養液を検討する意味から,改めてこの必要性を検討した。

(1)三角フラスコに赤玉土か鹿沼土を20g入れ,水洗後,脱イオン水を70ml加える。

(2)オートクレーブにかけ冷却後,濃度が0.05%になるようにハイポネックスを加える。

(3)炭酸カルシウム(沈降性)を入れる場合は,0.25g加える。

(4)ボルボックスの培養を1 ml(約650個体)加え,約1週間ごとに個体数を計測した。

赤玉土の場合,炭酸カルシウムは不可欠である(図5)。図3では,赤玉土に炭酸カルシウムを加えなくても,比較的良好な結果が得られている。この違いは,水の量に対する土の量の割合がおよそ半分になっていることや,ハイポネックスの濃度が半分になっていること,などが考えられる。他方,炭酸カルシウムを加えた場合には,培養開始後約6週間で最高密度に達し,加えない場合に比べ明らかに密度も上がった。

鹿沼土の場合には炭酸カルシウムを加えると,加えない場合に比べて速く増殖する傾向を示すが,高密にならないという結果が得られた(図5)。炭酸カルシウムを加えないときには,培養開始から8〜9週間後に1 mlあたり500個体程度にまで達した。一般に,炭酸カルシウムの働きとしては,Ca2+やCOの補給やpHの緩衝作用とかいわれるが,赤玉土には欠けた成分が鹿沼土には備わっているのかも知れない。添加する炭酸カルシウムの量についての検討が残されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         図5.炭酸カルシウム添加の効果

 

6. 教室での培養の結果

これまでの基礎データは,人工気象器内で行われた。しかし,学校で人工気象器を備えたところは少ないので,教室や理科の準備室で培養ができなければ意味がない。そこで空調設備のない実験室での培養法を行った。培養の方法は,上記5での場合と同じ方法で行い,4月下旬から9月中旬までの間,二つの実験室(表2)に置いた。置く場所には,水温が上がるのを避けるために直射日光の当たらない窓辺を選んだ。

実験室Aの場合

この部屋は北側に面し日中は照明をつけない部屋ではあるが,隣の建物の反射光もあって,日中の照度はl,000 1x程度まで上がる(表2)。そのせいか,インキュベーダーで育ちのよかったボルボックスでは比較的順調な結果が得られた。照度もこの程度なら生育ができる範囲内であると思われる。赤玉土に炭酸カルシウムを添加した場合には,8−9週間目に最高(約600個体/ml)の密度に達した(図6)。炭酸カルシウム無添加の場合には全く増えなかったことから,赤玉土には炭酸カルシウムの添加が必要であることが確認された。鹿沼土の場合には,炭酸カルシウムを加えない方がよい結果が得られることも確認された。ただ,赤玉土の場合や炭酸カルシウムを加えた場合に比べ,増殖の速度は遅い(図6)。

実験室Bの場合

この部屋は南側に面してはいるが,窓の近くに大きな欅の木があり,日中室内の蛍光灯はついているが暗く,この程度の明るさ(日中700 1x程度)では生育は難しいと考えられる(図7)。 したがって,春から夏にかけての季節であれば,直射日光の当たらない南側,あるいは光の十分入る北側の窓辺でも十分培養することができる。

 

  7. おわりに

  緑藻は生態系における第1次生産者であり,酸素の供給者でもあり,また環境の指標にもなることから,教材化の試みがなされてきた。中でもボルボックスは大型でその美しい形態から,単に培養法だけでなく,生活環についても教材化の研究がなされてきた8、9)。しかし,その培養方法は学校現場でたいへんに簡単であるとは必ずしもいえない。そこで本研究では,流通システムの発達した現代社会にあって,容易に入手できる園芸肥料や土を用いた簡単な培養方法の検討を改めて行った。園芸品を扱う店から購入できるいくつかの土と園芸肥料について検討した結果,培養条件についていくつかの特徴が明らかになった。例えば,土に園芸肥料ハイポネックスを添加することが,ボルボックスの培養に有効である。もっとも,鹿沼土以外のすべての土について添加が必須かどうか不明であり,検討の余地は残されている。今回用いたハイポネックスは液体のものであるが,商品として何種類かあり,また粉末もある。また,園芸肥料としては,これ以外にもいろいろある。これ以外の入手しやすいものについて,一度基礎データを得ておくと便利であろう。ハイポネックスの濃度については,ここでは鹿沼土についてのみ示したが,結果を総合的に判断して,他の場合にも0.1%程度の濃度が必要であると考えられる。土を加えない場合やビーナスライトで培養できなかったのは,緩衝作用やハイポネックスでは補えない土の成分のためかも知れない。本研究は,簡単な培養法の検討が主題であったため,この点の解析は行わなかったが,土とボルボックスの関係についての詳細は今後の研究課題である。

 

表2.用いた実験室の環境条件

  

   場 所

平均気温(℃)(4月〜8月)

 照 度(ルックス)

 日照時間(時期)

人工気象器

実験室A

実験室B

20±1

    1. 注1)(15.9〜23.7)

19.7 注2)(16.3〜22.2)

 8,000〜9,000

 1,000(晴天時の昼)

  740(晴天時の昼)

 12時間

 14時間 注3)

 14時間 注3)

  1. 4月23日〜8月28日までの,それぞれの月で平均気温を求め,さらに平均して求
    めた。
  2. 4月22日〜9月11日までの,それぞれの月で平均気温を求め,さらに平均して求
    めた。
  3. 理科年表9)を用いて10日ごとの日照時間を求め,その中の日照時間が最も長いものと

     最も短いものとで平均値を求めた。

 

 

  今回用いた土の種類の検討結果から,赤玉土と鹿沼土について最も良い結果が得られたが,両者にはそれぞれ異なる特徴がある。少なくとも今回の結果からは,鹿沼土には炭酸カルシウムを加えない方がよく,赤玉土には入れる必要がある。培養した際に鹿沼土は色が明るくボルボックスの緑色が映え,見た目が美しい。しかし,水に入れたときに土粒に気胞を生じやすいためか浮いてしまい,土を洗う作業を行いにくい。もっとも,土を洗う前に水を入れておと1日以内に底に沈む。また,オートクレーブをかけたり煮沸滅菌したときに容易に底に沈むので,さほど大きな問題ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               図7. やや暗い場所での培養

 

  ボルボックスは走光性や個体群密度の増殖及び増殖率,無性生殖,進化など,さまざまな単元での教材としての実践報告があり,簡単に培養できれば優れた教材生物といえよう。本実験に用いた株は,種の未同定株であるが,水田で採集される種については大きな違いはないと考えている。ともあれボルボックスを見ると誰もがその美しさに目を奪われる。児童,生徒にとっても興味のつきない良い教材であるだろう9)。ボルボックスの観察をきっかけにして身近な自然や生物に対して興味を持つ生徒が増えることを期待したい。

 

 

謝   辞

  本研究は,宮城県教材生物ワークショップでの論議が動機になっており,貴重なご意見を頂いた宮城県泉館山高校の内ケ崎健介教諭,同県鹿島台商業高校の青沼しく子氏,同県松山高校の青沼洋子氏,また,実験器具を提供して下さった宮城教育大学の福士教授,武内教授,村松助教授に感謝申し上げる。なお,本研究は文部省の平成4年度科学研究費補助金(課題番号04680279)による研究の一部である。

 

参 考 文 献

  1. 見上一幸,宍戸英雄:水中微小生物観察の場としての水田 生物教育28,1,47〜51(1988)
  2. 見上一幸,田幡憲一,武内伸夫:1992生命科学教育教材としての「水田の微小生物」(V)仙台市近郊における水田微小生物の調査 宮城教育大学理科教育研究年報 28,00-00.
  3. 市村輝宣:微細藻類の培養に関するあれこれ(1) 遺伝25,69〜100(1972)
  4. 市村輝宣:微細藻類の培養に関するあれこれ(3) 遺伝27,73〜77(1973)
  5. 斎藤 実:微小生物 神奈川県立教育センター(1966)
  6. 小川なみ:ボルボックスを観察しよう 理科教室35,2、91-93(1992)
  7. 市村輝宣:ボルボックス 遺伝29,7〜11(1975)
  8. 遠藤純夫:淡水産緑藻の教材化の研究―ボルボックス科,ミカズキモ科を中心としてー東京都教員研究生科学研究部生物研究部(1974)
  9. 小笠原義和:Volvoxの生殖 教材生物ニュース11,5,83-91(1986)

 

 

 

 

この文献を、電子化するにあたり B5版をA4版に変更したため、

本来のページ数(15−23頁)と異なっています。

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