クンショウモの簡易培養と自然環境教育教材

としての利用

― 水環境を知るための環境教育素材(T)―

 

 

見上一幸・湯元真里子

宮城教育大学附属理科教育研究施設

 

 

1.はじめに

クンショウモは、アミミドロ科クンショモ属(Pediastrum)の藻類で、池沼や水田などで普通に見つけることのできる微小生物である。1個体は8〜64個の偏平な細胞が互いに側面を接して1層にならび、群体をつくっている1)。その名のとおり勲章の形をした美しい姿をしている。小学校と中学校のほとんどの教科書で紹介しており、身近な教材生物でもある。それにもかかわらず、大学生を対象に行ったアンケート調査(1990)では、80%を超える学生が実物を見たことがないと答えており、さらにその内の30%を超える学生がその名前も聞いたこともないと答えている2)。クンショウモやボルボックスなど、美しい形をした微小生物を見れば、水の中の生命の姿に感動することと思うが、おそらく多くの学枚では、生きたクンショウモを観察する機会がないのであろう。学校でクンショウモを野外から採集して分離し、培養する場合、研究用に開発された合成培地を用いるのでは手間や費用がかかり、教育現場ではなかなか実践しにくい。これまで、ボルボックスの簡易培養法について検討した3)、4)が、今回はクンショウモについて、学絞でも簡単にできる培養の方法を検討し、さらに培養した株の利用法について述べる。

 

 

2.材料と方法

クンショウモは、きまった数の細胞が集まってできた定数群体である。本研究では、東北大学法文系キャンパス内のコンクリート池から採集、分離されたPediastrum duplex(図1-A)および大型のクンショウモPediastrum sp.(図1-B)の2株を用いた。水蓮等、水草の植えられた池の水を、水垢とともに取り、分離、培養した。一般には、コンクリート池にはあまりいないようであるが、土が入り水草のあるような所では見つけることがある。採集には、池沼の水草や藻のかたまりを採取すると、一緒に入ることが多いようである。プランクトンネットよりも、ピペットで土や水草の表面の水垢を集めるほうが採集しやすい。

P. duplexは、1個体は8〜32細胞からなり、細胞間隙がある(図1-A)。細胞の直径は15〜20μmで、

 


Kazuyuki Mikami and Mariko Yumoto : Pediastrum, a live teaching material for aquatic environment education.

 

 

VT倍地やC借地での世代時間(娘群体が出てくるまでの時間)は2〜3日とされている5)P. sp. は、1個体は32〜64細胞からでき、群体全体の大きさは約200μmと大きい。そのため低倍率での観察や操作が容易であった。形態は、P. boryanum に似ているが、同種であるとの結論には至らなかった。大型であるため遊走子の出現や運動の様子についても観察が容易で、教材としては適していると考えられる。明瞭な細胞間隙を持たず、後述のように世代時間は、本研究での実験条件では約6日であった。

 デプレッションスライドグラス(縦2.6p×横8.5p×厚さ8oのガラス製スライドグラスに直径2.2cm深さ6oの穴が3個、横に並ぶ)の各穴に、約0.3mlの培養液を入れ、実体顕微鏡下でそれぞれ1個体を分離した(図2)。乾燥を防ぐためにカバーグラスを載せ、20±1℃で、12時間明期12時間暗期のサイクルで培養を行った。明期には、15W蛍光灯2本の下、約400μWの光が当てられた。

 本研究でのクンショウモの培養は、これまで検討されたボルボックスについての結果を基に3)、4)、コンビニエンスストアなどで購入できる天然ミネラルウォーターや煮沸した水道水に、園芸肥料のハイポネックス(液体ハイポネックス5-2-5; The Hyponex Company, U.S.A.)を加える方法を用いた。天然ミネラルウォーターとしては、「六甲のおいしい水」(国産)、「evian」(フランス産)または「Volvic」(フランス産)を用いた。

図1 〉クンショウモ

  A,Pediastum duplex   B,Pediastrum sp.   C, Pediastrum spの培養

図2 〉クンショウモの分離と培養

 

(1)採集した水を顕微鏡の下で観察、(2)クンショウモをミクロピペットで吸い取る、(3)培養液の 入ったデプレッションスライドグラスに入れる、(4)カバーグラスを載せる、(5)濡れたろ紙を敷いた 大きめの透明な容器に、デプレッションスライドグラスを入れる、(6)蛍光灯の下に置く。

 

実体顕微鏡下での個体数の計測は、若い小さな群体も娘群体を持つ大きな群体もそれぞれ1個体として 扱い、1mlあたりの総個体数を算出した。

 

 

3.結 果

クンショウモの簡易培養法の検討

 これまでボルボックスの簡易培養法の検討結果を基に、クンショウモの簡易培養の検討を行った。園芸品店で購入できる園芸用肥料ハイポネックスを用いて、これまでいくつかの藻類(ミドリムシ Euglena gracilis やミカヅキモ Closterium)を培養できることが分かっている。そこで、脱イオン水に加えるハイポネックスの濃度を変えて、その溶液中でのP. duplexの増殖を調べた(図3)。クンショウモは、1個体を構成する細胞がそれぞれ分裂し、新たな娘群体となる。娘群体が生まれて4日後に、ハイポネックス培養液(0.01、0.1、0.25、0.5 %)にそれぞれ1個体を分離し、8日間の増殖を調べた。図3の各値は、3個体の増殖結果の平均値である。その結果、ハイポネックスの濃度は 0.1% または 0.25% が最適であると考えられる。ただし、2週間以上経過すると、0.25% 培養液では、壊れる細胞が見られ個体数は減少した。それぞれの個体を構成する細胞は、分裂(多くの場合、4回)して遊走子となり、一つの遊走子嚢を形成する。遊走子嚢は細胞壁内から出て、遊走子が集まって娘群体を形成する(図4)。0.01%、0.1% および0.25% 溶液では、親細胞から娘群体が生まれて4日後に、それぞれの培養液に分離された1個体は、その個体のそれぞれの細胞が、1日で娘固体になって外液に出たため、個体数は約16個となったと考えられる。0.1% および0.25% 溶液では、2度目の娘個体の形成が5〜6日日に起こることから、個体から個体が生ずる世代時間は、この培養条件では4〜5日といえる。

水中微小生物の培養には、どのような水を使うかが大切である。研究用には脱イオン水や蒸留水に、各種栄養塩類を溶かして用いるが、学校でそのような液を準備するのはむずかしい。そこで、コンビニエンスストアで購入できる天然ミネラルウォーターまたは沸騰させ塩素を飛ばした水道水に、0.1% ハイポネ

ックスを入れたもので増殖を調べた。天然ミネラルウォーターとしては、「六甲のおいしい水」、「evian」または「Volvic」の3種を用いた。ハイポネックスの濃度は、ボルボックスの培養で最適濃度とされた0.1%とした3)。これらの培養液約0.3 mlに、親細胞から出て4日後の娘個体を、それぞれ1個づつ分離し、1週間の増殖を調べた(図4)。個々の数値は、3個体の平均値である。その結果、「六甲のおいしい水」や「Volvic」では増殖したが、「evian」の場合、増殖は見られなかった。

「evian」はボルボックスの培養に適さないことがわかっていたことから4)、さらにミカヅキモ(Closterium ehrenbergii)についても調べてみた(表1)。

 

表1.天然ミネラルウォーター中でのミカヅキモの増殖

水の種類

0.1%ハイポ
ネックス添加

培養液に入れられてからの日数

1

3

7

9

10

六甲のおいしい水

1

2

6

8

11

1

1

1

4

4

Evian

1

1

2

3

4

1

1

1

2

2

Volvic

1

1

8

17

32

1

2

4

7

7

 

 

この結果から、「evian」の場合は、ハイポネックスの添加の有無にかかわらず、クンショウモの場合と同様、増殖が悪いことがわかる。「evian」は他のミネラルウォーターに比べて、Ca2+やMg2+が多いためとも考えられる。市販のミネラルウォーターには、微小生物の培養に適すものと適さないものがあるようである。いずれにしてもクンショウモの培養には、一部の天然ミネラルウォーターか、煮沸した水道水に0.1%ハイポネックスを加えた培養液で、十分培養できることが分かった。

 池から分離された種未同定の大型のクンショウモ P. sp.(図1−B)は、観察が容易であることから生徒が扱うには、より適していると考えられる。そこで、同種の培養についても、P. duplexでの方法が使えるかどうかの検討を行った。光の条件として、連続明期と12時間明期−12時間暗期のサイクルで比較したところ、増殖速度は同じか、連続明期の方が、やや成績が良かった。そこで、親個体から出て1日後の娘個体を、培養液(「Volvic」に0.1%ハイポネックス)に入れ、連続明期で培養したところ(表2、図1−C)のようになった。なお、当然のことであるが、連続暗期に置いたものは全く増殖しなかった。この種は、この培養条件下で、約1週間の個体増殖サイクルを持つことがわかる。

 P. sp. の1個体は、一部は64細胞であるが、ほとんどの場合32細胞からできている。各細胞壁内で細胞は分裂し32個になり、一つの袋(遊走子嚢)の中で遊走子が形成される。遊走子が細胞外に出て娘個体を形成する過程は非常に劇的である。そこで、補助教材としてこれらの過程をビデオに収録した。このビデオ画面をプリントしたものが図5である。それまで動きの全くなかった細胞内で、鞭毛を持つ遊走子が活発に動く。間もなく遊走子は活発に動いたまま遊走子嚢は細胞外に出る。それぞれの遊走子は、自分の

場所を探すかのように動いた後、同一平面上に並び、外側の細胞から動きを止め、勲章の形になったところで全体の動きが止まる。生徒用の顕微鏡では、遊走子嚢そのものの観察はむずかしいかもしれない。こ の過程は、わずか5分である。こうしてできた娘個体は、つぎに娘個体を生みだすまで成長をつづける。

 

表2.大型クンショウモ( Pediastrum sp. )の増殖

件光条

団体No.

分 離 培 養 後 の 日 数

備 考

1

2

3

4

5

6

7

8

9

10

11

12

13

14

1

個体の緑色が濃く、大きい

2

3

4

5

6

7

1

個体の色が薄く、分離して以降、成長が見られない

2

3

4

5

6

7

 最初に分離した個体数は、1ホールあたり1個体(20 =1)。グラフ上の各点は、それぞれ3個体についての増殖数の平均値を示す。

縦軸;一つのホール内の個体数。横軸;1個体をそれぞれの培養液に分離してからの日数。

 

 各種の水に0.1%ハイポネックスを溶かして培養液とする。用いた水は、脱イオン水(Deionized)、六甲のおいしい水(Rokkoh)、Volvic、Evianおよび煮沸後の水道水(Boi1ed)。1ホールあたり1個体(20=1)を分離。グラフ上の各点は、それぞれ3個体についての増殖数の平均値を示す。縦軸;一つのホール内の個体数。横軸;1個体をそれぞれの培養液に分離してからの日数。

 

4.培養した株の授業での利用法

 株を簡単に培養でき多量に準備できれば、観察だけでなくいろいろな実験が可能である。

1)微小藻類の増殖条件から学ぶこと

緑藻類クンショウモは植物性の微小生物であるため、培養実験で、園芸植物と同じようにハイポネックスを加えることによって増殖することを示すことができる。また、その濃度は、濃すぎても薄過ぎてもいけないことから、これら微小な藻類にとって、その濃度に最適域があることを生徒達に伝えることができる。さらに、天然ミネラルウォーターについての結果に違いがあることから、使用する水質によって微小生物の増殖が左右されることを示すことができる。

また、連続暗期と連続明期の増殖を調べることによって、光合成を行う藻類にとって、光が必須であることを示すことができる。連続暗期に置いた場合、わずか2〜3日で色や大きさに違いが見られ、娘群体の出現も見られない。クンショウモの群体の形状の美しさに興味を引かれながら、植物の光合成を学習できるよい教材になりそうである。また、光合成速度の測定実験も可能であり、陸の上の植物だけでなく、水中の微小生物が地球上の光合成総量に頁献していることも学ぶことができる。

 

2)細胞周期や生活環の理解のための素材として

クンショウモは、その名のとおり勲章の形をした美しい姿をしている。それぞれの細胞はしっかりした細胞壁に囲まれ、細胞どうしは互いにしっかりと結合して、ガラス細工のような印象を与える。しかし、個体の増殖にあたっては、一つの柔らかな嚢に入り、激しく鞭毛運動をしている姿は、細胞の存在様式の違いを生徒達に強く印象づけると思われる。さらに、その遊走子嚢内で、遊走子が互いに他の遊

 

1.遊走子を観察するには、個体を形成している細胞の中で、すでに娘個体を形成し、空になった細胞( *

 印)を持つ個体を探すとよい。

2.連続撮影開始、矢尻の先の細胞にまだ動きは見られない。

3.5秒経過、細胞内に活発な動きが始まる。

4.15秒経過、細胞壁内から外に遊走子嚢(遊走子)が出る瞬間。

5.2分10秒経過、出た後も遊走子は活発に動く。その後、10個の細胞が互いに接触しながら、環状に広がる。

6.5分5秒経過、外側に10個の細胞が、そして内側に6個の細胞が、同一平面上に並び、動きが完全に停止する.

 

 

走子を認識し、わずか数分の間に勲章の形を作るさまは、誰もが形態形成の見事さに感動するものと思う。遊走子を観察するには、すでに遊走子嚢が出て空になった細胞を含む個体(図5−1)を探し出し、観察を続けるとよい。間もなく、残りの細胞から遊走子が動き出すようすを容易に観察できる。市販の

オーディオタイマーを用いて、12時間明期12時間暗期で培養すると、暗期に入ってから5〜9時間後に親細胞から嚢に入った遊走子が出てくるのが観察できる。各細胞は分裂して、細胞壁を持たず同じ長さの鞭毛を2本持つ遊走子となり、遊走子は嚢状体に包まれたまま細胞の外に放出される。このとき2本の鞭毛は低分解能の顕微鏡では観察することはできないが、嚢状体の中で遊走子が、同一平面上に規則正しく配列し、親群体と同じ形になる過程をはっきり見ることができる。この間、約5分である。授業に臨んでは、事前にビデオに録画しておいたものを補助教材として用いることもよいと考えられる。クンショウモには無性生殖の他に有性生殖もあり、その生活史は複雑である6)

 

3)微小生物の間の「食う食われる」の関係を示すための教材として

小学校においても5年生で、メダカがミジンコや藻類など水中の微小生物を餌にしていることがとりあげられている。このための教材としても、今回の方法で培養したクンショウモを活用できる。ミジンコは池や水田から簡単に採集できる。またパン酵母(イースト)を加えて増やしておくこともできる。このミジンコを希釈したクンショウモの培養の中に入れると、間もなくミジンコはクンショウモを食べ、ミジンコの消化管の中は、食べられたクンショウモで満たされ、緑色になる。このようすは、低倍の顕微鏡ではっきり観察できる。また外液中のクンショウモの密度が下がることからも、ミジンコがクンショウモを食べたことがよくわかる。また、メダカは直接クンショウモを食べる。クンショウモの培養中にメダカをしばらく入れておくと、メダカはクンショウモを食べ、緑色の糞をする。このような関係を使って水中の食物連鎖を示すモデル教材が開発できる。

 

5.おわりに

クンショウモは、池、沼、水田などから容易に採集でき、藻体は決まった数の細胞が集まってできた定数群体である。個々の細胞は必ずしも大きくはないが、形の美しさは、きっと生徒の興味をそそることと思う。特に、全く動きのないクンショウモであるが、遊走子が現われて娘個体になる過程は、動的な過程で、特に印象深いと考えられる。

 クンショウモは、ボルボックスに比べ、培養がより簡単である。ボルボックスの簡易培養では、良好な増殖を行おうとするとハイポネックスと土の煮沸液が必要であり、これを準備するための手間がかかる3)。この点、クンショウモは、ミカヅキモやミドリムシのようにハイポネックスの希釈液だけで培養できる。

 ナチュラルミネラルウォーターとして市販されている多くの水は、これら微小生物の暫定的な培養液として有効であると考えられる。ただ、これらの中でなぜ「evian」が適さないか、明確ではない。水に含まれる塩類等の組成から考えると、Ca2+、Mg2+および重炭酸塩が多い。重炭酸塩については、他の水での記載がないので比較はできないが、Mg2+は際立って多い。市販天然ミネラルウォーターで培養を進めていくと、液の中に白濁を生じることが、しばしばある。これはミネラルウォーター中の成分が、後に加えられるハイポネックスの成分と結合して沈殿を生じたのかもしれない。

 忙しい学校の教育現場にあって、教師の方々が動植物の飼育管理まで手が回らないのが現状と思われる。

 ここで述べられたような簡易な培養法によって、いくつか微小生物の株をしばらく培養でき、生徒達が

生きた生物について実験観察できることを期待したい。

 

謝   辞

本研究を行うにあたり、有益な後助言と資料の提供を頂いた東京学芸大学の片山舒康氏に感謝申し上げる。また、実験の補助をして頂いた本学学生、黒川浩也、神和歌子の各氏にも心から感謝したい。本研究は、平成7年度カリキュラム改革改善研究の中の一つのプロジェクト「教員養成大学における環境教育の在り

 

方の検討」の一部として行われたものである。

 

引 用 文 献

1)水野寿彦:日本淡水プランクトン図鑑 保育社 1977

2)見上一幸,岡 邦広:中学校教科書で扱われる教材生物 −大学生へのアンケート調査から− 宮

 城教育大学理科教育研究施設年報 26,27−34(1990)

3)見上一幸,阿部倫子:生命科学教育教材としての「水田の微小生物」(U)ボルボックスの簡単な

 培養法の検討 宮城教育大学理科教育研究施設年報 28,15−23(1992)

4)見上一幸,黒川浩也:水中微小生物の簡易培用法の検討 −ボルボックス培養への市販自然水の利

 用− 宮城教育大学理科教育研究施設年報 30,49−54(1994)

5)遠藤純夫:淡水産緑藻の教材化の研究 −ボルボックス科、ミカヅキモ科を中心として− 昭和49

 年度 東京都教員研究生報告(1974)

6)中野武登:藻類の生活史集成 掘輝三編 内田老鶴圃