宮城教育大学環境教育研究紀要 第1巻

 

環境教育教材としての環状ウレイド化合物

―― 環状ウレイドの性質と水中微小生物への影響 ――

村松  隆 ・ 櫻田有希子** ・ 中山 紀夫***

 

要旨:尿酸、ビオルル酸、ウラシル、シアヌル酸、及びオロチン酸の化学的性質と、ゾウリムシなどの水中微小生物に対する毒性効果を調べた。これらの環状ウレイドの中で、尿酸、ビオルル酸、シアヌル酸は、水中の鉄金属表面に被膜を形成し、金属腐食による水質汚染の防止に役立つ。また、ビオルル酸とオロチン酸は、尿酸、ウラシル、シアヌル酸に比べて、ゾウリムシに対して強い毒性を示す。これらのことは、環状ウレイドが環境水の水質汚染問題や生態系への影響を理解するための有効な素材となることを意味している。

 

キーワード:環状ウレイド化合物・毒性試験・ゾウリムシ・ボルボックス

 

1.はじめに

 尿酸、ウラシル、オロチン酸など、生体に深く関わった含窒素有機化合物に環状ウレイドがある。環状ウレイドの中には、生物の代謝に不可欠な物質の他に、強力な毒物に変化するもの、金属イオンと錯形成するものなど、生物・化学的な立場から興味ある多くのものが見いだされている1)。自然環境の中で、生物によって排出されたウレイド化合物は、複雑な分解過程を経て最終的には消滅するが、自然の処理能力を越えて環境中に排出されたとき、周りの環境にいかなる影響を与えるかは明らかではない。

環状ウレイドは、尿酸に代表されるように、その多くは生物の代謝に密接に関連し、生物活動の盛んなところに常に見いだされる物質である。環状ウレイドの環境における形態・動態と生物に与える影響を調べることは、環境の実態や環境変化を把握する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*宮城教育大学教育学部環境教育実践研究センター

***工業技術院資源環境技術総合研究所

 

のに役立つと考えられるので、環状ウレイドを環境教育のための素材として取り上げた。本報では、尿酸、ビオルル酸、ウラシル、シアヌル酸、及びオロチン酸の5種類の環状ウレイド(scheme1)の水溶液の化学的性質と水中微小生物に対する影響について報告する。

 

2.環状ウレイドの水溶液中での性質

環状ウレイドは分子内に -CONH- 結合をもつ環式化合物で、水溶液中ではケト型(-CONH-)とエノール型(-C(OH)=N-)との間で互変異性を示す。たとえば、尿酸は水溶液中では弱酸性を示し、scheme2に示すように、ラクタム型とラクチム型の2種類の構造体が平衡系として存在する2)。また、核酸の構成成分であるウラシルも水溶液は弱酸性を示し、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**宮城教育大学教育学部特別理科教員養成課程化学専攻

 

ケト型とエノール型の互変異性体が存在する。Fig.1は環状ウレイドの紫外吸収スペクトルを示したものである。尿酸の吸収スペクトルの液性による変化

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fig. 1. 環状ウレイドの紫外吸収スペクトル(濃
    度0.05mmol/L) a:尿酸、b:ウラシル、c:
    シアヌル酸、d:ビオルル酸、e:オロチン酸
    (pH4:―――、pH7:− − − 、pH10:
-・-・-、pH13:-------)  

は、ラクチム体とそのアニオンとの間の平衡移動によるものである。また、ウラシルは、酸性及び中性

の水溶液中ではほとんどがジケト型構造で存在するが、アルカリ性の水溶中では、数種類のエノール型構造として存在することが知られている3)。ウラシルについて、酸性溶液と中性溶液で観測される吸収は主にジケト型構造によるものであり、pH=10〜13の水溶液について観測される吸収は、アニオンとジアニオンの成分比が異なる混合物によるものである。シアヌル酸については、吸収極大が短波長側に出現しているため、液性変化に伴う成分変化は明瞭ではないが、ビオルル酸とオロチン酸の吸収スペクトル変化は、尿酸やウラシルの場合のように、ケト体とエノール体の混合比の変化によるものと理解できる。

 このように、環状ウレイドは水の液性により性状が異なり、液性に応じて数種類の化学種の混合物として存在することが特徴である。また、環状ウレイドの多くは、分子内にピリミジン骨格をもつために還元作用をもち、水中に酸化作用を有する物質が存在する場合には、すみやかに分解する。しかし、酸化剤が高い濃度で存在しない通常の環境水中では、比較的長い間安定に滞在することになる。

 一方、ある種の環状ウレイドは、水中における鉄鋼板を錆にくくする性質をもつ。この性質は、最近、中山による研究から明かにされている4)。鉄金属を水酸化カルシウムを含む環状ウレイドの水溶液中に放置すると、鉄表面に環状ウレイドによる被膜が形成される。

これは、次のような実験から確かめられた。鉄金属を環状ウレイドの水酸化カルシウム水溶液にしばらく侵漬した後、鉄金属を取り出して鉄表面上の電流電圧特性を調べると、環状ウレイドを含む水溶液に入れた後の鉄金属では、環状ウレイドを加えない場合に比べて、鉄表面を流れる電流密度が大幅に減少する。今までに、尿酸とビオルル酸が、鉄金属表面に対する被膜形成効果をもつことが分かっている。

 このような環状ウレイドの鉄鋼材料に対する吸着性は、水中もしくは土壌中に敷設された金属材料の腐食防止に有効であるとともに、有害金属イオンの溶出による水質汚染の防止や、水中に溶解した有害ウレイドの除去に役立つ重要な性質と考えられる。

 

3. 環状ウレイドの水中微小生物への影響

3−1.試験法

  尿酸、ビオルル酸、ウラシル、シアヌル酸、及びオロチン酸の水中微小生物に対する影響を調べる目的で、ゾウリムシ(27aG3sU型)を用いた毒性試験を試みた。環状ウレイド化合物のDS溶液(pH 7のリン酸緩衝溶液に少量のカルシウムイオンが含まれている溶液)をデプレッションスライドガラスに0.8mL入れ、これに10匹のゾウリムシを加えて試験液をつくる。環状ウレイド濃度が同一の3つの試験液(ゾウリムシの数は合計30匹)を、25℃の恒温室内に置き、光学顕微鏡を用いて1日おきに生きている個体数の変化を調べた。ボルボックスに対する毒性試験については、ナチュラルミネラルウオータ(市販品名「南アルプス天然水」)を用いて、環状ウレイドの所定濃度溶液(3個)をつくり、それぞれに10匹のボルボックスを加えて合計30匹として、生きた個体数の変化を調べた。

 

3−2.環状ウレイドのゾウリムシに対する影響

 Fig.2に得られた結果を示す。DS 溶液のみの個体数変化を基準に、環状ウレイドによる影響をみると、Fig.2a から、環状ウレイド濃度が10 mmol/L 程度でも、オロチン酸とビオルル酸の水溶液中では個体数が1日目で急激に減少することが分かる。一方、ウラシルとシアヌル酸の水溶液中では、1日目でいくぶん個体数の減少が認められたが、その後の変化は DS 溶液のみの場合とあまり違わない。同様の変化は、3.0 mmol/L の水溶液についても観察された(Fig.2b)。

ゾウリムシに対して、オロチン酸とビオルル酸が強い毒性効果をもつことが分かった。

 尿酸については、尿酸結晶の水に対する溶解度が小さく、数 mmol/L 以上の濃度では暫くすると水溶液中に尿酸結晶が析出するので、0.5 mmol/L の水溶液について試験を試みた。Fig. 2c に示すように、尿酸水溶液中での個体数変化は、ウラシルの場合とよく似ている。このことから、尿酸は、ウラシルとシアヌル酸の場合と同様に、ゾウリムシに対する毒性はあまり強くはない。

 シアヌル酸水溶液中での個体数変化では、他の環状ウレイドの場合と異なって、日数の経過に伴い個体数が増加していく傾向が認められた。特に、シアヌル酸濃度が低い場合にその傾向は顕著であった。これは、シアヌル酸がゾウリムシに対して何らかの栄養物になるためか、あるいは5日間の観察過程で、試験液にバクテリアが混入したためかはっきりしないが、いずれにせよシアヌル酸がゾウリムシの増殖に与える影響は少ないと考えられる。

ウラシルとシアヌル酸の濃度が10 mmol/L ではほとんど毒性を示さないので、それぞれ飽和に近い濃度溶液(おおよそ20 mmol/L)を原液として、比較的高い濃度の溶液列を作り、ゾウリムシの個体数に及ぼす濃度の影響を調べた。Fig.3に結果を示す。ウラシルの場合は、濃度を高くしても個体数変化の傾向は濃度が低い場合とあまり変わらないが、シアヌル酸については、あまり顕著ではないが、濃度の増加に伴い個体数が減少する傾向が認められた。ウラシルとシアヌル酸の水溶液中のゾウリムシを顕微

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鏡で観察すると、高い濃度のシアヌル酸水溶液の場合は、日数の経過に伴い変形して死んでいる虫も多く見られるようになる。

一方、ウラシルについては、5日間の観察で、このようなゾウリムシの変形は見られなかったので、ウラシルはシアヌル酸よりも幾分毒性が低いと思われる。

3−3. 環状ウレイド化合物のボルボックスに対する影響 

 ボルボックスはゾウリムシに比べると、水溶液中に溶存する薬物に敏感な微小生物である5)。ゾウリムシに対する毒性効果にあまり違いが認められなかったウラシル、尿酸、及びシアヌル酸について、ボルボックスに対する影響を調べた。比較のために、毒性の強いビオルル酸についても調べた。観察結果を Fig.4に示す。天然水のみの場合と比較すると、ウラシル、シアヌル酸、及び尿酸のいずれの場合も、ボルボックスの個体数変化の傾向は、濃度によらず類似している。

環状ウレイドの濃度が 1.0 mmol/L 以下では、ボルボックスの個体数変化にほとんど影響しないことが分かった。一方、ビオルル酸の 0.1 mmol/L 希薄溶液中では、顕著な毒性効果を示さないにしても、他の環状ウレイドの場合に比べて個体数の減少する割合は大きく、ボルボックスに与える影響は大きいと思われる。

 

4.おわりに

 環境教育に関する物質教材として、環状ウレイドを選び、水中での化学的性質と水中微小生物への影響を検討した。環状ウレイドは、動物生態系における代謝産物として自然界に存在する物質である。今までに、尿酸、ウラシルなど、生体内における役割や代謝機構などについて詳細に研究されているが 6)、環状ウレイドの環境水中での形態・動態及び周囲の生態系に対する影響については明確になっていない。本研究により、ある種の環状ウレイドが金属に対して強い吸着効果を示し、環境汚染の防止に役立つことや、水中微小生物に対して強い毒性を示すことが明らかとなり、環境の実態と変化を理解するための有効な教育素材になることが分かった。

 

謝辞:毒性試験に際して、本センターの見上一幸教授からの貴重なご助言と、見上研究室の吉村千代嬢に多大なご援助をいただいた。改めて両氏に厚くお礼申し上げます。

 

 参考文献

1)(a) D. J. Brown, The Pyrimidines , Wiley -Interscience, New York, 1970; (b) D. T. Hurst, An Introduction to the Chemistry and Biochemistry of Pyrimidines,  Purines, and Pteridines, Wiley Chichester, 1980.

2)T. L. Gilchrist, Heterocyclic Chemistry , Pitman Publishing Pty Ltd, Melbourne, p. 307 (1985).

3)(a) K. L. Wierzchowski, E. Litonska, and D. Shugar, J. Am. Chem. Soc.,  87, 4621 (1965); (b) M. Daniels, Proc. Nat. Acad. Sci., U. S.,  69 , 2488(1972);(c) J. S. Kwiatkowski and B. Pullman, Adv. Heterocyclic Chemistry, Academic Press, INC., 18, p. 256 (1975).

4)中山紀夫、日化秋季年会予稿集、 187 (1998).

5)(a) 見上一幸・阿部倫子、宮城教育大学理科教育研究施設年報、 28、 15 (1992); (b) 見上一幸・黒川浩也、宮城教育大学理科教育研究施設年報、                30、 49 (1994).

6) T. Yashiro, Yakugaku Zasshi, 115, No 5, 378 (1995).