宮城教育大学環境教育研究紀要 第1巻

 

生態系の基盤としての土壌に触れる:平成10年度

環境教育担当教員講習会における実践

 

平   吹   喜   彦 

 

1.はじめに

 1998年10月12〜16日、平成10年度環境教育担当教員講習会が国立花山少年自然の家において、文部省の主催で実施された。本小文では、10月13日の「実習・土壌観察の手法」の時間に行った講習の概要を報告する。

 

2.実践の背景

 環境教育担当教員講習会は、小・中・高等学校で環境教育を担当する教員を対象として、指導力の向上を図り、学校における環境教育の一層の充実に資することを目的として開催されている。今年度の講習会(東部地区)は、中部・北陸以東の23都道県から参加者を募って、5日間の日程で実施された。

 10月13日の実習は、参加者を小・中・高等学校の校種別に4グループ(1グループ22人前後で、小学校だけが2グループ)に分けて、「水質検査の手法」、「土壌観察の手法」、「大気観測の手法」、「環境教育ゲームの手法」の4テーマをローテーションで受講する形式で展開された。この実習が5日間にわたる講習会の最初の実習であり、また参加者の実践歴もさまざまであると予想されたことから、先ずはすべての参加者に同じ学習体験を共有してもらうことが得策と考えられたためである。しかし、そのために、1グループがひとつの課題に関わることのできる時間は90分に限定され、実習内容も導入的なものとならざるを得なかった。

 

3.実践プログラムの作成

 「土壌観察の手法」の講習は、本学の川村寿郎助教授と分担して実施された。

実践プログラムの作成に先立って、川村助教授とともに、10月2日に花山少年自然の家を訪れ、周辺の土壌や地形、植生、人為的撹乱の状況、室内の実験設備・器具、花山少年自然の家が有している実践事例などを把握

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*宮城教育大学教育学部理科教育講座

した。その上で、「土壌観察の手法」の実習でもっとも重要な野外調査を、実習時間の制約を考慮しつつ、地形や植生、人為的撹乱に対応した土壌断面の違いが明瞭に認識できた‘あなぐまコース’始点付近の稜線〜東斜面で行うこととした。また、この現地調査の際に落葉や土壌表層を採取し、実験室に持ち帰って、土壌動物の生息状況や含水率などを予察的に調べた。

 「土壌観察の手法」のプログラムのあらすじは、以下の通りである。@個別実習に先立つ全体会では、‘土壌とは何か?’を問い掛け、その形成過程や機能、環境教育教材としての有用性などについて、多様な視点から解説を行う(約15分)。A個別実習では、何より‘土壌に触れる’ことを目指す。B尾根に近い落葉広葉樹二次林と谷底に近いスギ植林で試坑を掘り、五感を使って土壌断面を観察し、さらに両者の比較を行う(約50分)、C土壌表層から、層構造を崩さないようにサンプルを採取し、実験室に持ち帰って実体顕微鏡下で詳しい観察を行う(約40分)。

 このうち、筆者が実践プログラムを作成したのは、実験室内における観察の部分である。実習の目標を、@わずか10cm程度の土壌表層中(A0 〜A層)に、動植物の遺体や植物の根・種子、腐植と呼ばれる何やら得体の知れぬ物質、鉱質土の粒子、そして土壌動物や菌類が複雑に入り組んだ混沌とした世界が存在することを実感し、Aこの‘死と生の連続する場’が、生態系の基盤として極めて重要な役割を担っていることを認識すること、の2点とした。次に、目標を達成するために観察者に求められる視点や手順を設定し、それらを平易な文体で著したテキストを作成した(資料1)。

 

4.おわりに

試坑の断面を切り取り、新聞紙に包んで持ち帰った土壌コアの中から、参加者は、分解度の異なる落ち葉、モ

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ール状に絡まった細根、ミミズや線虫、ダニ、トビムシなどの土壌動物、植物遺体に貼り付いている菌糸といったさまざまの物体・関わり合いを検出した。あたかも生命の故郷でもある磯浜の生態系を想わせるような、生物多様性に富み、重層性と機能性に優れた世界をイメージできたとしたら、今回の実践は大成功であったと言えよう。

 

本実践に際し、準備段階から実施に至るまで、多くの支援とアドバイスをいただいた宮城教育大学教育学部の川村寿郎助教授に感謝申し上げます。また、国立花山少年自然の家の皆様には、野外調査地や実験室のレイアウト、実験器具の準備に係わって、さまざまの便宜を図っていただきました。心からお礼申し上げます。

資料1

1998年10月13日

平成10年度環境教育担当教員講習会

実習1「土壌観察の手法」

生態系の基盤としての「土壌」

 宮城教育大学 教育学部 平吹 喜彦

 ‘足元に広がる小宇宙’へようこそ

 わずか 0.5m たらずの厚さで、地表を覆う‘土壌'。それは、岩石の風化物や生物の遺体を材料として、生物の活動、降雨や温度の変動、地形上の位置などの影響を受けながら、長い時間をかけて変化し続けている自然物です。したがって、一握りほどの土壌でさえ、その構造や成因を科学的に認識するためには、しばしば数分〜数千年という時間スケールと、数マイクロメートル〜数十メートルという空間スケールを自在に駆使しうる‘柔軟な思考’が求められます。

それゆえに、土壌を素材とした学習プログラムを構築・展開するにあたっては、「話題の照準が、時間・空間スケール上の‘どの領域’に位置しているのか」確認する作業を、随所に盛り込むことが何より大切となるでしょう(できれば、学習者が特別の意識を持たずに確認できるような…)。‘足元に広がる小宇宙’を旅するファンタスティックな探求学習も、暗黒の迷宮をさまようことになっては台無しです。

 

 ‘死と生の連続する場’の微細構造

 さて、野外で土壌断面を観察した後は、土壌を特徴づける重要な要因である生き物と生物遺体について観察してみたいと思います。

 実習時間はあまり長くありませんが、これからしばらくは、1か月〜1年という時間スケール、および1mm〜1m という空間スケールの‘物差し’を、まず意識の中にしっかりとインプットして下さい。

 

 そのために、最初に、イメージを描いていただきます。

 自分の身長が1mm くらいになって、‘落葉十土壌塊’を採取したピット(試坑)の中を自由に飛び回っているさまを想像してみましょう。野外観察の結果を、参考にして下さい。

 例えば、こんな具合です。

  …遙か上空には大木の梢が広がり、初秋のやわらかな木漏れ日が林床を照らしています。さあ、いよいよ下降開始!  パイ生地のように、幾重にも重なる落葉層を眺めながら、ピット内をゆっくりと降りて行くと、湿って、ちょっとカビ臭い大気が鼻を突くに違いありません。じっと目を凝らすと、そこでは枝分かれした細根や菌糸がモールを形成し、その隙間で不思議な形をした土壌動物たちが盛んに活動しているではありませんか!  落ち葉の色や堅さも、地表面とはだいぶ異なっています。鉱質土壌も団粒となって連なり、まるでスポンジのような多孔質で、やわらかい空間となっています。また、一部の根は、菌糸と連結して、水や無機塩類を盛んに吸い上げているようです。水や無機塩類は、また幹から葉へ、そして大気や動物へと帰って行くんですね…

 生き物の墓場であると同時に、生命に活力を吹き込む源泉でもある土壌は、‘死と生の連続する場'、あるいは生態系を支える基盤’であるといえるでしょう。

 それでは、‘落葉+土壌塊’を白いバットの中にそっと取り出し、表層部から底層部に向かって(もちろん、この逆でも構いません)調べてみましょう。いま思い浮かべたイマジネーションを大切にして下さい。

 初めに、肉眼で全体を見渡します。層構造を再確認できますか?

次に、ルーべや実体顕微鏡を使って、壁面のミクロな状態を観察しましょう。そして、層序を少しずつ壊しながら、落葉や落枝、果実、種子、太根や細根、菌糸、土壌動物、石レキなどを取り出して、詳しく観察してみます。それらがどの層から出土したのか、どんな色が、堅いか・もろいか、生きているか・死んでいるか……、どうぞチェックをお忘れなく!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図1.生態系の基盤としての「土壌」(太田編(1978)より引用)。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

  図2.土壌動物のいろいろ(青木(1973)より引用)。

引用文献

 太田次郎(編)、1978、別冊サイエンス(SCIENTIFIC AMERICAN 日
  本語版)。サイエンスイラストレイテッド6、バイオスフェア、127pp、
  日本経済新聞社。

 青木淳一、1973、土壌動物学:分類・生態・環境との関係を中心に、  
  814pp、北隆館。