宮城教育大学環境教育研究紀要 第1巻

 

「身近な地域」学習と環境教育

〜「身近な地域・仙台」を事例にして〜

宮本 利浩 鈴木 朝二 小畑  勝 小金沢孝昭**

 

 要旨:本授業実践では、「身近な地域」学習で地域の環境(自然環境・人為的環境)について、生徒達がフィ−ルドワ−クを行いながら認識していった過程を整理した。とくに地域の環境を認識していく過程で、地域の環境のあり方を「住みやすさ」という視点から整理し、さらに住みやすさの評価を生徒たちの五感で行い、その結果を生徒達の感覚マップにまとめた。

 

キーワード:身近な地域・地理教育・環境教育・フィールドワーク・地図

 

1.はじめに

 環境教育をすすめる上で、具体的な地域の自然環境ならびに人間がその歴史の中で改変してきた自然環境言い換えれば人為的環境の認識は、基本的な課題である。そこで、本稿では身近な地域の自然環境、とりわけ人為的な環境を理解する具体的な方法を、中学校社会科地理の授業実践の中でとりあげ、実践してみた。本稿の目的そのものは、身近な地域の環境認識にあるが、試みとして以下の2つのことを意識した。1つは環境教育のすすめ方についてである。環境教育は、総合的な視点が必要ではあるため、既存の授業科目以外の特別のカリキュラムを強調される場合があるが、その必要性を認めた上で、既存のカリキュラムの中でも十分実践は可能であることを、地理の単元を使って示すことを試みた。2つは、平成10年に発表された新指導要領の中学社会地理的分野で、「身近な地域」の取り扱いが量・質とも以前よりも重点化されたことを受けて、「身近な地域」の取り上げ方の一例を示すことを試みた。

 本実践は、現学習指導要領の中学校社会科地理的分野「(2)日本とその諸地域」の「イ身近な地域」 を、「適切な課題を設けて行う学習」として設定した。この学習は、身近な地域そのものを素材にして、その地域の現状や課題を理解すると共に、地域を見る基本的な見方・考え方を理解するという2つのねらい をもっている。

身近な地域は、本来、生徒が育ち、生活している場であり、普段見聞きしていることも多い。しかし、

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*宮城教育大学附属中学校 **宮城教育大学教育学部社会科教育講座

 

 

立ち止まって地域の現状や課題について考えることはなく、まさに「知っているようで知らない」ことも多く存在している。そこで、本実践では、フィールドワークを通して、地域の環境を認識し、地域そのものを理解させるとともに、その後の日本の諸地域学習につながる基本的な地理的な見方・考え方を身に付けさせたいと考えた。授業の目的は次の4点に設定した。

 第一に自分の生活する地域に関心をもち、地域の環境を認識する。第二に他との学び合いを通して、身近な地域の住みよさについての考えを広めたり、深めたりする。第三に各自の課題を追究することを通して、情報を収集、処理しながら、身近な地域の環境について表現する。第四に身近な地域の住みよさを、人々の生活と関連づけて考える。

 

2.実践授業の構成

 授業構成の前半では、体験的な学習としてのフィールドワーク、作業的な学習としてのオリジナルマップづくりに重点を置いて展開することとした。後半では、これらの作業をもとに主に情報の収集、選択、処理を通して、市全体の「住みよさ」を追究する課題解決的な学習を展開することとした。

まず、前半の課題設定の段階では、自分の生活している地域への関心を生み出すために、「身近な地域」とはどこをいうのかからはじめ、身近な地域のイメージを各自で出し話し合った。自分の生活体験

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から地域の住みよさを考えさせ、住みよさを@安全・安心、A便利、B自然、C福祉の観点に類別した。そして、さらに五感を使って地域の環境を観察するフィールドワークの計画を立てさせた。計画に当たっては、この「住みよさ」の4つの視点と、五感を使って具体的な観察の視点をグループで考えさせた。

五感を使って観察することにしたのは、以下の点からである。第一に自分の生活体験そのものを思い起こすことができる。第二に人々のくらしという視点から、具体的に地域の環境を認識することができる。第三にフィールドワークでの具体的な観察の視点が明確になり、創意工夫のあるオリジナルマップに表現することができるからである。

 フィールドワークは、学校周辺を4つのブロックに分け、それぞれ2つずつのグループでフィールドワークを行った。その後、情報交換をしながら、観察結果をまとめ、個々にオリジナルマップに表現した。

まとめの段階では、個々に表現したマップを使いながら、観察してわかったことを報告しあい、地域の「住みよさ」について話し合い、理解を深めることとした。さらに、個々に表現したマップをもちより、そのコースの特色が最も表れる内容を話し合いを通して絞り込みながら、「班別巨大オリジナルマップ」を協同で作成した。そして最後に、全体発表を通して、地域の「住みよさ」について考えることとした。全体の学習計画は表1に示したように前半と後半に内容を大きく分け、17時間構成とした。

 

表1 学習活動計画

T−1 課題設定の段階

・第1時「身近な地域とは」

自分にとっての「身近な地域」とはどこかを出  し合う。また、自分の住んでいる区や町、学校周辺のイメージを出し合い、身近な地域への関心を高めるとともに、それぞれのイメージの違いに気づかせる。 

・第2時「住みよさについて考えよう」

「住みよさ」に対する自分のイメージを基に、区や町、学校周辺の「住みよさ」について、話しあう。また、生徒から出された「住みよさ」を安全・安心、便利、自然、福祉の4つの観点に類別する。 

 ・第3時「フィールドワークの計画」

 フィールドワークのグループ編制と役割分担、コースの確認と選択をする。また、グループで話しあいながら、4つに類別した観点と五感のマトリックスを

使って、フィールドワークの具体的な課題を設定し、予想する。 

T−2 課題追究の段階

・第4、5時「フィールドワーク」課題を基に、メモや写真をとりながら、フィールドワークをする。 

・第6時「フィールドワークのまとめ」フィールドワークのふりかえりと、グループで情報交換しながら、それぞれで観察した結果をまとめ、個々にオリジナルマップに表現する。 

T−3 まとめの段階

・第7時「フィールドワーク報告会」

それぞれで表現したオリジナルマップを活用しながら、フィールドワークをしてわかったことについて報告し合う。また、次時の班ごとに作成するマップに取り入れる情報の絞り込みを行う。 

・第8、9時「巨大住みよさオリジナルマップ」づくり

班ごとに絞り込んだ情報を基に、「班別巨大住みよさオリジナルマップ」づくりの計画をし、グループごとに作成する。 

・第10時「住みよさについて」

班ごとに作成した「巨大住みよさオリジナルマップ」を使って、発表しあう。さらに、地域の「住みよさ」について改めて考えたことをまとめる。 

U−1 課題設定の段階

・第11時「仙台の住みよさとは」

都市「仙台」に住むさまざまな人の立場で身近な地域の住みよさを考える。また、「仙台」には、どんな人がどのくらい生活しているかを理解する。そして、「仙台」に住む様々な人にとっての「住みよさ」を考えるには、どんな人の立場で探っていけばいいかを考え、さらに「住みよさ」の4つの観点から選択し、課題をつくる。 

・第12時「追究の計画を立てる」

追究の計画を立て、追究のための資料を収集・選択する。 

 U−2 課題追究の段階

・第13、14時「資料を通して調べよう」

それぞれの視点から立てた課題を、様々な資料を通して追究する。そして、地図や統計を使いながらわかったことをまとめる。 

U−3 まとめの段階

・第15時「追究の結果を発表しよう」

それぞれの追究結果を発表し合い、新たに気付いたこと、分かったことについてまとめる。 

・第16時「仙台の都市づくりを知ろう」

「仙台市の都市計画」や「住みよい地域づくり」に携わる方の話を聞き、仙台市の都市計画に対する考え方や現状について理解する。 

・第17時「意見交換をしよう」

これまでの学習を通して、考えたことについてまとめ、発表する。そして、他の発表から、新たに気付いたこと、分かったことについてまとめる。これまで学習したことを「私の考え」としてまとめ、他へ手紙や E メールを使って発信する。

3.学習の結果と考察

 「身近な地域」に対する関心を高め、学習への意欲を喚起するため、自分にとっての「身近な地域」とは、どこを指すのかについて、話しあうことから学習をスタートさせた。その結果、生徒からは、自分の住んでいる区や町、市内で何度も行ったことのあるところ、学校周辺や通学路など、さまざまな意見が出された。いずれも共通していえることは自分の生活経験からくるものであり、また生徒によってその経験の違いからさまざまな意見が出されることとなった。

 「自分の住んでいる区や町、仙台はどんな街か」については、「杜の都といわれている」「道路が整備されている」「自然が多い」などのプラス面と「人が多い」「坂が多い」「マナーが悪い」などのマイナス面の両面からそれぞれのイメージを出し合った。これらのさまざまなイメージを基に、「人が生活する住みよさ」とはどんなものかを考え、発表し合った。以上の流れの中で、自分にとっての「身近な地域」を意識しながら、身近な地域の環境を、自分を含めたそこに住む人々の生活とのかかわりから見いだしていくという方向性をもつことにつながったと思われる。

 フィールドワークを実施するに当たっては、特に以下の点に留意した。第一点は、「人が生活する住みよさとはどんなことか」という問いから、互いの考えを発表し合い、「住みよさ」の要素を「安全・安心」「便利」「自然」「福祉」という4つの観点に類別した。第二点は、「身近な地域」を学校周辺の4つのコースに分け、実際に歩いて観察してくることとした。その際、地域の「住みよさ」が具体的に観察できるようにグループ編成と役割分担を以下のようにした。

 @自分の観察したいコースの選択。

 A同じコースを選択した者同士で、人数を調整し 
  ながら、5人グループを8班に編成。 

 B4つのコースをそれぞれ2つずつのグループで
  選択し、1万分の1の地形図を基に、コースを
  確認した。その際、縮尺や方位、地図記号など
  の地形図の読み方に関する基本的内容を確認す
  る。 

 C4つの観点に類別した「住みよさ」を五感を使
  って具体的に観察してくることとし、その際、
  一人一つの感覚を分担する。 

 Dそのコースの「住みよさ」を、五感の観点から
  各自予想し、グループで話し合う。 

 こうした活動を事前に行うことで、フィールドワークでの課題が明確になり、「住みよさ」とは何かを改めて考えながら、より具体的な観察ができたと思われる。

 フィールドワーク実施後に、各自で分担した五感に基づき、「住みよさ」について、まとめさせた。そして、同じグループの者同士で情報の交換をした後、各自で自分の歩いてきたコースについて「オリジナルマップ」に表現した。具体的な観察の視点をもち、なおかつ、グループ内での役割も明確なことから、意欲的な取り組みがみられ、自分なりのこだわりがある創意工夫を生かしたマップを作成することができた。また、各自で観察した結果をグループ内で互いに発表し合う活動では、自分の考えを生かしながら、活発な話し合いが行われ、自分たちの歩いたコースの「住みよさ」について意見を交わしていた。(図1・図2)

 各自で作成したオリジナルマップを、さらに班ごとに一つのマップに表現させた。それぞれで作成したオリジナルマップの中から、そのコースの「住みよさ」を最も表している内容を話し合いによって絞らせ、協同でマップづくりに取り組ませた。話し合いによって新たに気づいた点やあらためて考えた点などが出され、活発な活動が見られた。(表2・表3)

 

4.成果と課題

 この実践を通して、多くの生徒がフィールドワークに興味を持ち、機会があればまたやってみたいという感想をもっていた。観察の結果をまとめる活動やオリジナルマップづくりにも意欲的に取り組む姿が見られ、他の発表へも熱心に耳を傾け、自分の観察結果と比較しながら、身近な地域に関する環境について、自分なりに考察していた。

 フィールドワークは、実際のものを生に自分の目でみることができるという利点がある。その利点を生かすには、何をどう見るかという問題意識が欠かせない。その意味で、自分にとっての身近な地域はどこなのかを切り口に、「住みよさ」と「五感」によるマトリクスを使って課題を設定したことは、普段とかく目立ったこと、変わった事象に目の向きがちな視点を、自分の目の高さで、しかも一つのものをじっくり見るという意識を作り出すことになった。さらに、五感を通して住みよさを観察することで、障害をもつ人やお年寄りなど立場を変えて考察する生徒も多くみられた。そして、「よさ」を見いだすという課題を追究することで、身近な地域を共感的にとらえながら、そのかかえている課題も同時に見いだしていた。このことから、主体的に地域の環境を考え、将来に目を向けていこうとすることへつながったと思われる。

 さらに、グループ内で一人ずつ「五感」を分担することで、自分の課題を責任をもって追究し、その中で他との認識の違いに気づき、比較しながら地域の環境を考察していた。また、8つのグループを2つずつのグループに分けることで、グループ同士で同一のコースの環境を比較してみることにもなった。

 地図に表す表現活動では、生徒の素朴な発見や感動、こだわりが現れた地図が多数あり、地域に対する自分なりの認識が表現されていた。地図に表現することで、地図の必要性やその意味について考えたり、作成過程の中で、地域の課題がより明確になったと思われる。そして、他に発表したり、他の情報から新たに学ぶ点があったりと、仲間とともに身近な地域の新たな面を見つけながら、関心を高めていく様子がみられた。

 また、生徒は、この活動を通して、身近な地域の環境は、見る人によってその認識に違いがあり、また時間とともに変容していくということに気づいていた。こうしたことから、身近でさりげない環境を、そこに住む人々の視点で考えていくことは、環境問題を考えるの第一歩となり、自分もその環境の一員であるということを少しずつ感じていくことにつながるのではないかと思う。その意味で、今回の実践は、そこに住む人々の一人として、身近な地域の環境をその社会環境との関わりの中で考えていくことの大切さを痛感し、フィールドで考える地理を今後も大事にしていきたいと実感する実践となった。

 地域を認識していく上で欠くことのできない条件に、比較、対照して見ることが挙げられる。「比較」することで、その地域の特殊性と一般性を洗い出すことができる。「対照」については、スケールを変えてみることで、よりその地域の特色が明らかにされる。生徒は今回の学習で、身近な地域という狭いスケールの中にも、様々な違いがあり、その違いは見る人によってもまた違うことを理解した。また、日本の諸地域を学習していく上でも、身近な地域を観察した視点を基にして、同じような性格をもつ都市と比較したり、まったく異質な地域の特性を見ていくときの見方や考え方を身につけることにつながったのではないかと思う。

 今後の課題としては、フィールドワークを生かすために、マップづくりのための観察の視点をさらに深いものにし、空間的な広がりがもてる視点を考えていくことが必要である。そのためにも、観察の観点をできるだけ焦点化できるような手だてをさらに考えていきたい。また、フィールドワークを実施するに当たっては、そのねらいや調査対象をについて、十分な事前指導が必要である。今回は、いくつかのグループが聞き取り調査も取り入れていたが、調査方法の面でさらに多様な活動ができるよう配慮していきたい。

 学習内容に関する点としては、個々に作成したマップから、共通して見えてくる地域の課題等について、全体でさらに整理する必要があった。このことが、事後の日本の諸地域の学習に結びつき、地域を見る確かな力が身に付いていくことにつながっていくものと思う。

 本実践は、日本地理の学習の導入に当たる部分であるが、やはり身近な地域の学習に十分な時間を割き、その後の他地域の学習に結びついていくような力を身につけさせることの大切さを実感した実践となった。今後は、身近な地域をカリキュラムの柱にして、年間指導計画の作成に取り組んでいきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

図1 音で地域の特徴を表現した地図

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図2 五感で集めた情報を便利さにまとめて表現した地図

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

表2 4つの観点を聴覚で整理した事例

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

表3 4つの観点を触覚で整理した事例