宮城教育大学環境教育紀要 第1巻
EEC プロジェクト研究 :「金華山での SNC 構想の推進」
目的と活動報告
伊 沢 紘 生*
キーワード:金華山、SNC 構想、環境教育、自然観察会、フレンドシップ事業
1.金華山をフィールドとした SNC 構想
宮城教育大学環境教育実践研究センター(以下、EECと略称)では、平成9年度から8つのプロジェクト研究をスタートさせた(平成10年3月に発行されたパンフレットを参照)。そのうちのひとつが「金華山での SNC 構想の推進」(以下、金華山プロジェクトと略称)である。
筆者らが主管する NPO、宮城のサル調査会が発行したパンフレットを参考に、金華山 SNC 構想について以下に概説する。SNC 構想、すなわち、スーパーネイチャリングセンター構想(Super Naturing Center)とは、野生動植物の継続的な生態調査を基盤に、自然のもつ豊かな教育力を積極的に発掘し、知的感動(sense of wonder)に満ちた体験を学校教育や社会教育、生涯学習に十二分に生かしながら、自然を私たち人類のかけがえのない財産として護っていこうという構想で、それを実現するためのひとつのモデルとして金華山(図1)が選ばれた。
金華山が選定された理由は、後述するが、島のほぼ全域にわたって人為的影響がより少なく、かつ東北を代表する落葉広葉樹や針葉樹におおわれていて、生物多様性に富み、それだけ豊かな教育力を持っているからである。
ところで、豊かな教育力を持つ自然とはどのような自然を言うのだろう。鉢植えのチューリップや、アサガオ、飼育ケージの中のウサギやニワトリ、水槽の中で泳ぐキンギョやメダカも、自然には違いないし、子どもたちにとってそれなりに興味を引き起こす対象だろう。しかし、未来に限りない可能性を秘めた子どもたちが、自然と向かい合うことを通して何かを学び得るとすれば、その自然は、接する子どもたちにより大きな感動を与えるものでなければならないし、同時に、その自然は個性ある子どもたちひとりひとりの無限ともいえる興味や関心にどこまでも応えられるものでなければならないわけで、それらを満たすに十分なほど生物多様性に富んでい
図1.牡鹿半島から見た金華山の全景
* 宮城教育大学環境教育実践研究センター
る必要がある。そして、宮城県牡鹿半島の東端に位置する面積約10平方キロメートルの島、金華山は、これまで人の手があまり加えられてこなかった落葉広葉樹(ブナ、ケヤキ、ナラ類、シデ類など)と針葉樹(モミ、カヤ)の混交林を広域に残し、サルやシカ、鳥類など多くの野生動物が生息し、日本でも多様性が最も良く保たれている地域の一つといえる。
しかし、自然のもつ教育力は、一方で、自然を構成する動植物の徹底した継続調査によって発掘されてはじめて、その効力を子どもたちに発揮できる性質のものである。たとえば、世界遺産に指定された東北最大の原始のブナ林、白神山地が、まだ子どもたちに教育的効果をあまり発揮できていないとすれば、それは、その地での調査研究が不足しているからに他ならない。その点金華山では、じつに多くの専門の研究者、すなわち東北大学理学部のグループが植生の、筆者ら宮城教育大学のグループや京都大学霊長類研究所のグループが野生ニホンザルの生態及びサルと植物との関係等を継続調査してきた実績がある(サルの継続調査は今年で18年目になる)。野生ニホンジカの生態やシカと植物の関係等は星野ワイルドライフリサーチセンターのグループや東北大学理学部、山形大学教育学部等のグループがサルよりさらに長期にわたる研究を継続してきた。最近では東京大学総合研究博物館のグループが昆虫の、宮城教育大学 EEC のグループがホタルの、京都大学理学部のグループがヘビの継続調査を開始している。
図2.牡鹿半島の突端の港町、鮎川から定期船に乗
って金華山に向うが、しばらく行くと右側のデッ
キから島が望めるようになる(珍しく冠雪した金
華山)
このような多分野にわたる地道な調査の成果が蓄積されていくことで、金華山の自然(図2)の教育力が確実に高まっていくことは言を待たない。
SNC 構想について、筆者らはあくまでひとつのモデルを提出するという意味で、金華山の自然に取り組んでいるわけだが、子どもたちが、金華山の自然を通して、その複雑な仕組みや生命の営みの神秘さをじかに体験し、知的感動に満たされ、感受性を養うに欠かせない五感を研ぎ澄ますことができれば、そして、その重要性が社会的に認知されれば、そのような自然の教育力が日本の各地域で学校教育や社会教育に必須と受け止められるようになっていくはずである。その結果として当然、金華山のような生物多様性に富んだ日本各地の自然が、それぞれの地域で子どもたちの学習フィールドとして確実に保存されていかなければならないことになる。まさにこの点において、これまでの施設や設備を重視したあり方ではなく、各地域の豊かな自然を丸ごと教育に活用しようという SNC 構想が、地域や世代を超えて自然保護への明確な動機へとなっていくとものと確信される。
以上、SNC 構想の概略を述べたが、その構想のなかで、とくに子どもたちにとっての自然の教育力という点に焦点を合わせ、さまざまな教育プログラムを作成して自然観察会を企画・実施し、その観察会に参加した子どもたちの行動をつぶさに観察することを通して、21世紀を担う子どもたちにとっての環境教育とはいかなるものかを、真正面から問題にしていこうというのが本プロジェクト研究の主題である。
2.平成10年度の活動
金華山で行った平成10年度の SNC 活動のうち、上記した主題に沿った活動は多岐にわたるが、その中でもとくに大きな実践は以下の二つである。一つは宮城教育大学フレンドシップ事業の一環として7月25日に本学学生と本学附属中学校の生徒を対象に行った金華山自然観察会(以下、フレンドシップ観察会と略称)、もう一つは10月25日に行った一般から募集した親子を対象とした金華山秋の自然観察会(以下、親子の観察会と略称)である。
(1) フレンドシップ観察会
この観察会を実施するにあたっては、事前準備に宮城教育大学及び附属中学校でいくつものことを行った。その主なものとして、宮城教育大学で行ったものを表1に、附属中学校で行ったものを表2にまとめた。また、その実施概要を表3に、観察コースの概略を図3に、観察会当日の附属中学校生の行動の概略を表4にまとめた。
観察会当日(7月25日)は、低く重い雲におおわ
れた典型的な梅雨空で、午前中はそれほどでもなかったが、午後からは霧が深く立ち込め、時折小雨の
降る悪天候だった。
表1.実施までに宮城教育大学で行ったこと
平成10年4月15日
16日 20日 22日 27日 5月6日 13〜 14日 6月5〜 7日 7月23〜 24日 |
授業「環境教育」の履修者全員へフレンドシップ事業に関するオリエンテーション 履修者の参加希望申請の受付開始 〃 締め切り 第1回フレンドシップ事業に関する事前指導 参加する各フレンドシップ事業の選択・決定 第2回フレンドシップ事業に関する事前指導 金華山自然観察会を希望した学生に対するオリエンテーションと事前学習(ビデオ使用) 金華山で調査小屋に宿泊(2泊3日)しての第1回事前学習(往きはスクールバスを使用) 金華山で調査小屋に宿泊(2泊3日)しての第2回事前学習(翌25日は観察会当日である) |
表2.実施までに附属中学校で行ったこと
平成10年4月23日
7月1日 10日 16日 |
附属中学校総合科「環境」分野の活動の一環として宮教大教授・伊澤紘生が附中の全生徒を対象に講話。この中で金華山自然観察会を予告 観察会への参加者募集開始 募集締め切り(申し込み人数49名) 金華山の自然や当日の準備などに関する参加生徒全員を対象としたオリエンテーション(伊澤紘生・千葉完) |
表3.実施概要
期日:平成10年7月25日(土) 場所:宮城県牡鹿郡牡鹿町金華山 参加費:1,295円(往復船代1,260円、傷害保険代35円) 参加者:附属中学校生、48名 宮城教育大学の「環境教育」授業の履修生、9名 引率中学校教官:5名(家族を含む) 自然解説員:宮城のサル調査会、7名(小山陽子、小室博義、後藤圭、 佐々木朝海、清地香織、瀬尾淳一、千葉完) 宮城教育大学FW剛健、7名(牛坂路子、菊池知、倉田園 実施責任者:宮教大・環境研・教授 伊澤紘生 宮教大・附属中・校長 武田忠 |
表4.観察会当日の中学生の行動概略
7:00
9:20 9:30 10:00 10:20 10:50 14:30
15:00 15:25 15:30 18:00 |
附属中学校校門に集合。貸し切りバスで附属中学校出発 (引率の教官のほか、自然解説員も同乗) 途中三陸道で休憩をとり、鮎川着 鮎川観光桟橋発(定期観光船利用) 金華山着 小休憩と自然解説員紹介後にホテル跡まで全員で歩く グループ分け後、自然観察会を開始 観察会を終了し、金華山観光桟橋に集合 自然解説員による観察会のまとめ(講話) 金華山観光桟橋発(定期観光船利用) 鮎川観光桟橋着 貸し切りバスにて鮎川発 附属中学校着、解散 |
図3.観察コースの概略図 地図内にある…線のルートを( )内の数字の順に歩いた。
附属中学校生や宮城教育大学のボランティア学生を乗せた牡鹿半島鮎川港からの船が金華山桟橋に到着後、桟橋の広場においてボランティアで参加してくれた自然解説員の紹介や観察会の簡単な説明を行った。そのあと、参加者全員が海岸道路を植物やシカを観察しながらホテル跡まで歩いた。ホテルの建物のある前方はかなり広い芝地になっていて、そこで自然解説員から5つのコースの紹介(コースごとになにが観察できるかといった内容や、歩き易さや、歩くおおよその距離などの体力的なことなど)がなされた。
図4.鹿山で、シカの親子と戯れる中学生
それら5つのコース(図3を参照)について、中学生たちにその場で自由に選択させ、そのあと、コースごとのグループに分かれ、観察会が開始された(図4参照)。
そして、すべてのグループが2時半前後に桟橋に帰着し、2時45分に自然解説員の簡単なとりまとめの話のあと、中学生は3時発の鮎川行の船に乗船し、観察会は無事終了した。宮城教育大学の学生は観察会の後始末をしたあと、4時10分金華山発最終便で離島した。
(2) 秋の親子観察会
この観察会を実施するにあたっては、事前に EEC フィールドワーク合同研究室(以下、FW 合研と略称)の学生たちを中心に、さまざまな準備を行った。その主なものを表5にまとめた。また実施要項を表6に、観察会当日の親子の行動概略を表7に、観察コースの概略を図5に示した。
観察会の当日(10月25日)は、秋晴れの好天に恵まれた。強い風の吹くことの多い島だが、その日は風も穏やかだった。船が金華山に到着後すぐに、桟橋の広場で観察会用のパンフレットの配布や簡単な今回のテーマの説明、ボランティアで参加してくれた自然解説員の紹介などを行った。それらを終了後、これまでのように参加した家族ごとを単位としたグループ分けではなく、まず大人グループと子どもグループに2分し、大人グループを健脚組とのんびり組に、子どもグループをおよそ年齢別に3つのグループに分けた。宮教大からのボランティア学生に対しては、これまで何回も金華山自然観察会に参加してきた高校生と中学生の兄弟が、学生たちの自然解説員になってもらうという新しい発想での試みを行った。
そして、すべてのグループが午後1時前後に相次いで、あらかじめ決めておいた集合場所の二の御殿に到着、そこの芝地で家族そろっての昼食を取った。食事中は親と子がそれぞれに出会ったサルやシカのこと、咲いている花のこと、景色のことなどを自慢しあっていた(図6)。
表5.実施までに行った主なこと
平成10年9月5日
10月1日
2日 5日 17日 18日 20日 22日 23日 25日 |
観察会のテーマ等に関する第1回検討会 (以後、7回、準備のための検討会を実施) 参加経験者へ案内状を郵送 河北新報社、石巻かほく社、NHK仙台放送局、仙台放送に後援と参加者募集の案内を依頼 宮教大キャンパス内にポスター掲示、ボランテイアの募集開始 参加希望申請の受付開始 参加希望申請の受付締切 参加者の保険手続き 観察会パンフレットの完成 鮎川金華山航路事務所に乗船及び割引手続き 金華山で調査小屋に宿泊(2泊3日)して事前調査 観察会当日 |
表6.実施概要
期日:平成10年10月25日(日) 場所:宮城県牡鹿郡牡鹿町金華山 参加費:無料(ただし金華山までの船代を含む往復交通費は自己負担) 参加者:親子の参加者:39名 宮教大生:5名 自然解説員:宮城のサル調査会、6名(石川俊樹、小山陽子、佐々木朝海 清家香織、瀬尾淳一、千葉完) 宮教大FW合研、15名(伊藤順子、牛坂路子、菊池絵里子、菊池知、 倉田園子、佐々木一成、杉田大樹、鈴木久 宮教ボランテイア、7名 実施責任者:宮教大・環境研・教授 伊澤 紘生 |
7.観察会当日の参加者行動概略
8:15 8:30 9:00 9:10 9:15 13:00 14:40 15:00 15:30
|
鮎川観光桟橋に集合、自然解説員によるガイダンス 金華山行き定期船乗船 金華山到着・桟橋の広場で自然解説員によるオリエンテーション グループ分け 自然観察会を開始 二の御殿に全員集合しての昼食 観察会を終了し、金華山観光桟橋に集合 自然解説員による観察会のまとめ(講話) 鮎川行き定期船に乗船 鮎川到着後、解散 |
図5.親子の観察会で実施した観察コースの概略図
@は大人の健脚組、Aは大人ののんびり組、Bは子どもの高学年組
Cは子どもの中学年組、Dはボランテイア組、Eは子どもの低学年組
昼食後は自然解説員が3つのコースを説明し、今度は家族単位でグループに分かれて桟橋を目指した。桟橋には3つのグループがいずれも2時半前後に帰着、そのあと自然解説員が簡単なまとめを行い、観察会は無事終了した。参加者全員は3時発の鮎川行きの船で金華山をあとにした。
図6.予定通りに午後1時に、すべてのグループが
二ノ御殿に集結した。
3.自然観察会のまとめ
ところで、自然観察会の当日は、金華山の自然を研究している者が、一方で自然解説員として参加者を案内しながら、もう一方で、参加者への働きかけなどを通して、彼らのさまざまな行動や反応をつぶさに観察するという側にも立っている。自然の中では臨機応変に対処しなければならないことが多々あるから、観察会ごとにテーマは設定するが、どのコースをどのように案内するかは、かなりの程度自然解説員の独創性にゆだねられている。したがって彼ら個々人は、参加者を観察することで多くのことを実際には学んでいる。そのように学んだことは、できるだけ公にし、議論していく必要があるだろう。そのための場として「金華山 SNC 論集」を刊行しているが、第3号(図7)では、2章で概略を記したフレンドシップ観察会や親子の観察会について、何人かの自然解説員がそれぞれオリジナルな視点から、参加者を観察した結果とその検討を行っている。
また、フレンドシップ観察会では、参加した附属中学校生全員に、そのあとの夏休み期間中を利用して自由に観察会についての意見や感想を書いてもらおうと、筆者らを差出人として依頼状を生徒たち全員の自宅宛に郵送した。同時に、参加した宮教大1年生全員にも、筆者から口頭で同様の依頼をした。それら一つ一つはきわめて貴重なものであり、教えられ、考えさせられることが沢山ある。現在それら
を整理しているが、3月末日までには「金華山 SNC
論集」第4号に集録して刊行する予定でいる。
図7.「金華山SNC論集」はこれまでに3号が刊行さ
れている。