宮城教育大学環境教育研究紀要 第2巻

 

みつけよう、みつめよう、青葉山の自然

平成11年度宮城教育大学地域開放特別事業

平吹 喜彦・川村 寿郎

 

1.はじめに

 文部省が推進する「大学等地域開放特別事業(大学子ども開放プラン)」と連動して、私たちは「みつけよう、みつめよう、青葉山の自然」と題する大学開放事業を企画・実践した。本学が有する生物学・地学関連の実験設備と、キャンパスおよび隣接する丘陵地に残された自然を活用して、小学生と保護者に、身近な里山の自然に触れ、そこに隠されている‘からくり’を科学的に探求することの楽しさ、おもしろさを身体全体で受け取ってもらうことが目的である。

 なお、本事業は、文部省の助成を受けた「ファミリーアドベンチャーミクロの世界への招待」と連携して実施された。ご後援いただいた宮城県教育委員会ならびに仙台市教育委員会に感謝申し上げます。また、同事業を主催し、企画から広報、会場設営に至る一連の過程で数々のご指導をいただいた宮城教育大学教育学部理科教育講座の田幡憲一・出口竜作先生に、厚くお礼申し上げます。本学教務課ならびに会計課の職員諸氏には、企画の実現に向けて貴重なご助言をいただいた。會田憲之、豊川秀樹、小山裕幸、佐藤一行、新谷真吾、菊池綾、佐々木一成、津田真実子、山本充、高橋智恵子、荒木祐二の学生諸君には、会場設営や野外・室内探求に際して多くのご援助をいただいた。心から感謝申し上げます。本事業は、平成11年度宮城教育大学教育改善推進費(学長裁量経費)の一部を用いて実施された。

 

2.実践の背景

これまで私たちは、それぞれが専門とする植物生態学、地質学の視点から、理科教育や自然・環境教育に係わる教材・教育方法等の改善を行ってきた(例えば、平吹、1992、1996;川村、1996;川村ほか、1999;高橋ほか、1999;荒木・平吹、

 

1999)。その際、重視してきたことは、@地域(できれば、日常生活圏内)が有する事象に着目すること、A抽出された事象に対して、学術的な調査・検討を加え、さらに参加者の関心・特性を踏まえたスクリーニングを行うこと、B導入に際し、五感・感性の発揮を促す実体験を盛り込むこと、C集積された知識や能力の統合化が計られること、であった。

 本学のキャンパスおよび隣接する丘陵地には、かつて仙台市近郊の里山に存在したであろう地形や地質、植生が残存し、北縁を仙台市のシンボル・広瀬川が東流している。本学がここ青葉山に創設されて以来、こうした自然を対象とした調査が数多くなされ、また学生実験・実習が展開されてきた(例えば、平吹、1992、1993、1998、1999;川村、1996、1998、1999)。

 今回は、そうした学習プログラムの中から、森林生態系における物質循環と土壌生成過程に関する課題を取り上げた。具体的には、紅葉・落葉期にあたる11月13日の実施ということで、「落ち葉」を軸に、色とりどりの葉に象徴される群落構成種の多様さ、樹上における葉の配置パターンから推察される受光に対する植物の工夫、落葉量から見積もられる年間生産量、土壌層位から読み取れる落葉の分解過程や細根による養分回収、ツルグレン装置で抽出される土壌動物の多様さとその役割、鉱質土層内の鉱物粒子が示す母材の風化現象、といった森林生態系の骨格ともいえる構造・機能の認知に迫りたいと考えた。ただし、主たる参加者は小学4〜6年生であることから、学習段階は実体験を重視した導入段階とし、参加者の体力や危険防止、悪天候などの諸事情を考慮して、室内における観察・実験にもやや多めの時間を割り振るプログラムとした。また、五感・感性の発揮を促す手法については、コーネル(1986)およ

び日本自然保護協会(1994)を参照した。

 教育委員会との連携やポスター・ちらしの配布など、「ファミリーアドベンチャーミクロの世界への招待」実施者の積極的な広報活動が功を奏して、本事業にも30組を超える親子から応募があった。ただし今回は、指導・安全体制の確保という理由から、親子40名に限定して公募を行っていたことから、やむなく20組・41名を抽選で選んだ。また、万一の事故に備え、救急病院を確認し、携帯電話を用いた連絡網を確立するとともに、レクリエーション保険へも加入した。

 指導補助にあたる学生に対しては、実施スケジュールや役割分担を示した上で、資料やネームプレートの準備、会場への案内板や観察・実験器具の設置などで援助をお願いするとともに、模擬観察・実験を体験してもらった。その際、自然を保全する行動の遵守、および参加者自らの発見・探求を促進するようなアドバイスやデモンストレーションを行うよう要請した。可能な限り、観察・実験内容そのものに対して指示を発するのではなく、その方向性をいくつか提示することが望ましいと考えたのである。また、観察の展開次第で必要となることが予想されたルーペやピンセット、双眼鏡、マジックペン、小袋、軍手などを携行してもらうこととした。事前に野外で採取された試料や抽出された土壌動物については、悪天候や不測の事態に備えて保管した。

 

3.実践の結果と考察

 1)導入

   参加者は、開催予定時刻の午後1時までに
   は受付を終え、ネームプレートをつけて所
   定の席へ着席した。まず、私たち担当者2
   名が挨拶と自己紹介を行った後、5つの班
   に分かれて補助を担当する学生9名が自己
   紹介を行い、さらにスケジュールや安全確
   保のための諸注意をお話しした。実験室を
   出発する際、それぞれの親子にビニール袋
   と新聞紙、フィルムケース、根堀りを配布
   した。森の中から‘これぞ!’と思った
   宝物を集めてもらい、土壌の柱状試料とと
   もに実験室に持ち帰って、実体顕微鏡下でじっくりと観察してもらうためである。

 

  写真1 森の中で思い思いの探求活動。

 

 2)野外探求

    西向き斜面を見下ろす丘頂部に至って
   (1時半頃)、改めて次のようなお話しを
   した。

   「さあ、目指す森にやってきました。これ
   から、足元のずーっと下に見える谷まで、
   ゆっくりと降りてゆきます。しばらくは人
   間であることを忘れて、昆虫や小鳥、ネズ
   ミ、ウサギなど、この森に棲む動物になっ
   たつもりで、感覚を研ぎ澄まして歩いてみ
   て下さい。

    例えば小鳥は、木々の間を飛び回って、
   色づいた果実や葉の裏側・幹のヒダに隠れ
   ている昆虫を探していますが、皆さんの周
   りにはいろいろな植物があるみたいですね。
   大きい木もあれば小さい草もあるし、幹の
   肌ざわりや葉の形・色づき方もさまざまの
   ようです。では、ネズミはどうでしょう?   
   厳しい冬に備えて、降り積もった落ち葉の
   中から木の実や種子、昆虫たちを探し歩い
   ているのかもしれません。皆さんも、肩車
   をしてもらったり、地面すれすれに顔を近
   づけたりしながら、観るだけに留まらず、
   湿り具合や温度、においや味、音にも気を
   配ってみましょう。‥‥きっと、森が発
   するシグナル、森の秘密をキャッチできる
   に違いありません。

    ところで、森の中で是非守っていただき
   たいことがあります。それは、‘森の生き
   物や彼らのすみかを大切にする’という     

   ことです。この森では、‘生きているもの
   は傷つけない・採集しない、どんなものに
   もやさしく接する。特に、足元の生き物に
   気をつけて歩く’という約束をしましょ
   う。なお、植物に水や栄養を与えてくれる
   土の観察については、別の場所で改めて調
   べてみることにします。」

    丘頂部直下のやや急峻な斜面では、樹木
   にすがってやっとの思いで斜面を下る光景
   も認められたが、そのことは緊張感をほぐ
   し、自然に対する好奇心を膨らませる役割
   を果たしたようだ。何をしてよいのか迷っ
   ていたのも束の間、子供たちは、瓦状にキ
   ノコが並ぶ枯れ木を見つけたり、それがス
   ポンジのように柔らかくなっていて、内部
   にさまざまの昆虫が隠れていることに驚い

   たり、あるいは色鮮やかで、果汁に富んだ

   ムラサキシキブやウメモドキの果実を解体

   してみたり、林床に散らばる落ち葉を拾い

   集めて、色の変化・多様さが生じる理由を

   問いただしたり‥‥と、思い思いの探求

   活動を展開していった。

    また、しばらくして中腹の浅い窪地で休

   憩した折には、車座に腰をおろして光や風

   を感じ、そして幾人かの子供は落ち葉に埋

   もれてみた。「木々が落とす葉っぱの量っ

   て、すごいんだね」、「落ち葉の中って暖か

   い!」‥‥そんな歓声が聞こえてきた。

    すっかり森の歩き方に慣れた子供たちが

   辿り着いた最後の観察ポイントは、蛇行す

   る水流が小さな湿地や段丘を創り出してい

   る谷底であった。ここには、今までとはま

写真2 「落ち葉の中って暖かい!」

 

  写真3 林縁の法面で鉱質土を観察・採取。


   ったく異なる湿り気のある、ヤブ状の森が

   存在する。足元のぬかるみに気をつけなが

   ら、低木やつる植物をかき分けで進み、個

   性的な果実や種子をアピールするオオウバ

   ユリ、放射状に葉を広げて群生するシダ植

   物、川床に散らばる黒々とした亜炭などを

   観察した。

    アカマツやヒノキの植林地を登ってキャ

   ンパスに戻ってから、森林土壌を観察・採

   取した。コナラ林内で小さな試坑を掘り、

   土壌断面形態を観察した後、落葉層〜B層

   付近までの壁面を柱状に切り取り、きつく

   新聞紙に巻いて持ち帰った。試坑を埋め戻

   してから、造成地との境界に現れた法面に

   移動し、より深部の鉱質土(C層)を観察・

   採取した。

 3)室内探求

    3時までには実験室に戻り、以後の詳し
   いスケジュールをお話しした後、土壌の観
   察を開始した。白いバット内で柱状試料を

   新聞紙から取り出し、植物遺体の混じる表

   土の一部を削り取って、ツルグレン装置内

   に移した。残った試料については、植物体・

   粒状構造の有無や土色などから層構造を再

   確認した後、ピンセットを使って上層から

   順に解体していった。細根の密度、土壌の

   湿り具合や粘性、においについても注意を

   払い、這い出してきた土壌動物は浅く水道

   水を張ったシャーレ中に移した。

    次に、法面から採取した鉱質土を用いて、

 

写真4 「うわー、宝石だ!」、鉱物結晶の観察。

 

   土壌母材の風化現象を探る実験を行った。

   土性(この場合は、埴質壌土中の小粒に由

   来するザラザラとした感触)を指先で確認

   した後、適量をビーカー内で何度も水洗い

   して鉱物結晶を抽出し、浅く水道水を満た

   したシャーレ内に移して、その形や色、光

   沢などを実体顕微鏡で観察した。実体顕微

   鏡の使い方については、班ごとに学生が具

   体的な指導にあたった。続いて、シャーレ

   の底面に外側からネオジウム磁石をあてて、

   有色鉱物を選別した。赤茶けた、何の変哲

   も無い土の中から、宝石のような結晶がた

   くさん現れたことや、一部の粒子だけが磁

   石に素早く引き寄せられたことに、親子は

   感激し、何度も実験を繰り返す姿がみられ

   た。

    森の中で集めた宝物については、互いに

   紹介し合いながら、実体顕微鏡による観察

   や押し葉づくりがなされた。宝物として、

   落ち葉や果実、種子、枯れた枝・樹皮、甲

   虫、繭、貝殻、キノコ、菌糸、小石などが

   採集された。‘生きているものは傷つけな

   い・採集しない’とした約束のためか、

   数量としては少ないものであった。なお、

   甲虫をはじめ、観察を終えた宝物は回収し、

   森に戻した。

    続いて、多様な土壌動物のすがたを紹介

   した資料を配布し、ツルグレン装置やハン

   ドソーティングによって抽出された土壌動

   物の観察を行った(抽出時間が不十分であ

   ったため、事前に準備しておいたサンプル 

   も併用)。真っ白なトビムシや剛毛をまと

   ったダニ、ミミズ、ムカデなどの仲間が確

   認された。最後に、土の中にはたくさんの

   微細な生き物が暮らしていることや、大地

   を形成する岩石と森の植物・動物が一体と

   なって、土壌という柔らかで、養分に富ん

   だ空間を創り出していることを確認した上

   で、‘たくさんの生き物の共存、資源のリ

   サイクル、環境との調和が実現している森

   林生態系’の枠組みをもう一度振り返っ

   て、閉会とした(4時頃)。

 

4.おわりに

 天候にも恵まれ、また懸念されたけがや虫刺されといった事故もなく、実践を終了できたことは幸いであった。

 中学生〜市民を対象とした自然観察会や公開講座はしばしば実施しているものの、小学生と観察・実験を行う機会が稀な私たちにとって、今回の事業はそれらとはまた違った緊張感や発見、充実感を与えてくれるものであった。ボランティアとして準備・指導の補助役を努めてくれた大学院生や学部生からも、‘教科書にないような、予想外の質問をされて、たじたじだった'、‘子供ってやっぱりおもしろい。貴重な体験となった'、‘一緒に取り組んで、とても楽しかった’といった感想が聞かれた。将来、学校教育や生涯教育の現場で活躍が期待されている彼らにとっても、有意義な時間となったことは喜ばしい。

 しかし一方では、参加希望者全員の受け入れが可能な実施形態の工夫や、実施時間と観察・実験内容の再調整(特に今回は、室内探求の時間が不足気味であったし、参加者が主体となった総括が必要であったかもしれない)、といった課題も浮かび上がってきた。

 私たちはこれからも、こうした大学開放諸事業を‘地域と結びついた大学づくり’を目指す施策のひとつととらえ、自らが立脚する地域自然史研究を深化させつつ、教育とは何かを問う合う学生諸君と協力しながら、その改善・発展を計りたいと考えている。

 

5.引用文献

荒木 祐二・平吹 喜彦.1999.宮城県津谷高等学

校学校林の植物相と植生:自然教育実践のた

めの基礎的研究.53pp.宮城教育大学理科教育

講座生態学研究室.

平吹 喜彦.1992.四次元で森の構造をとらえる:

 コナラ林を例に.遺伝,46(12):68―73.

平吹 喜彦.1993.丘陵地二次林の植生調査とパー

ソナルコンピューターを用いた群落区分.情報

関連機器を活用した教員養成大学理科学生実

験の授業改善に関する研究.22―31.宮城教

育大学.

平吹 喜彦.1996.リタートラップを用いて森の営

みを探る.理科教育研究施設年報,31:41―47.

宮城教育大学附属理科教育研究施設.

平吹 喜彦.1998.植物のくらし:それを支えるか

らだのつくりと生育環境の観察.平成9年度 

宮城教育大学フレンドシップ事業(理科)実

施報告書,15―20.宮城教育大学理科教育講座.

平吹 喜彦.1999.シダ植物のからだのつくりと生

育環境.平成10年度宮城教育大学フレンドシ

ップ事業(理科)実施報告書,15―21.宮城教

育大学理科教育講座.

川村 寿郎.1996.森林土壌の簡易的調査・分析−

自然環境実験への導入−.理科教育研究施設

年報,31:49―55.宮城教育大学附属理科教育

研究施設.

川村 寿郎.1998.地層をつくるもの−鉱物の分離

と観察−.平成9年度宮城教育大学フレンド

シップ事業(理科)実施報告書,5―6.宮城

教育大学理科教育講座.

川村 寿郎.1999.地層のしま模様はなぜできるの

か.平成10年度宮城教育大学フレンドシップ

事業(理科)実施報告書,23―30.宮城教育大

学理科教育講座.

川村 寿郎・豊川 秀樹・熊坂 昭子・渡邊 優. 

1999.地域の自然史を学ぼう:_08’98エコみ

やぎ「大地の学校」ネイチャリングスクール

−上沼の大地のおいたち−実践研究.宮城教

育大学環境教育研究紀要,1:39―48.

コーネル,J.B.(日本ナチュラリスト協会  
 (訳)).1986.ネイチャーゲーム1.168pp.柏

書房.

高橋 義則・中村伊知郎・遠藤 浩一・會田 憲

之・平吹 喜彦.1999.宮城教育大学附属養護 

学校内の樹木しらべ.宮城教育大学環境教育

研究紀要,73―76.

財団法人日本自然保護協会(編).1994.自然観察ハンドブック.426pp.平凡社.