宮城教育大学環境教育研究紀要 第2巻

 

広瀬川上流地域における水中微量元素濃度調査

渡辺 孝男・ 坂本 朋枝**

要旨:広瀬川の水質のうちppbレベルで含まれる微量元素を中心に周辺環境との関連性に注目し、住民生活の影響がほとんどない最上流域から温泉街をへて集落が点在する流域までの約16km間で4点を選び、表流t水および川岸の積雪について調査した。

 微量元素の中でFeは表流水、積雪ともに最高で、次にSr,Tiが10から40ppbで続き、Mn,Zn,Ba,Cuは1から10ppbで続いている。As,Cr,Pbの環境汚染元素はいずれも環境基準値の1/10の以下である。

 As,Li,Mn,Sr,Cuは流下と共に増加し、とくにAs,Liは温泉街からの影響が示唆される。12月と1月間には元素濃度の変動があり、水温やpHとの関連性が考えられる。

 Pb,Fe,V,Co,Ga,Mn,Cr,Cu,Cs等は表流水に比して積雪中濃度が高く、下流域ほどその差が大となっている。

 

キーワード:広瀬川上流、水質、微量元素、冬季、雪

 

1.はじめに

 広瀬川は山形県境をなす関山峠周辺に源を発し、仙台市街地をへて名取川に注ぐ、延長約45km流域面積311km2の一級河川である。

 その流域は地形・地理的特徴により水源から熊ケ根付近までの上流域、愛子地区から仙台市街地を経て宮沢付近までの中流域、沖積平野部分で名取川と合流する下流域の3流域に分けられている5)

 広瀬川は多様な環境資源として重要であり、とくに水質汚濁に対する環境科学的ないし環境衛生学的立場からの監視と改善対策が早くから実施されている。仙台市では昭和37年以来水質測定を継続的に実施し1)、現在は、宮城県の水質測定計画等7、8)に沿って仙台市および建設省仙台工事事務所の2機関によって広瀬川の全流域で通年の水質調査が実施されている3)。また、仙台市では昭和49年9月に「広瀬川の清流を守る条令」を制定している3)。一方、下水道の整備事業も進んでおり、平成5年には広瀬川の上・中流域の汚染防止のための下水処理施設として高度処理機能を持った広瀬川浄化センターの運用が開始されている4)

生活環境保全に関する環境基準についての類型では、広瀬川の上・中流域はA類型、中・下流域はB類型が設定されているが、前述の様な状況の中で、BOD値

-------------------------------------------*宮城教育大学生活系教育講座、**宮城教育大学大学院教育

 

を始めとして各項目とも昭和52年度以降は改善が進み良好な水質が維持され、いずれも環境基準が達成されている2、3、5、6)

 仙台市は都市化が進行し、人口の拡大は現在の生活圏がより郊外に拡大することを予測させ、必然的に自然環境への種々の影響が考えられる。前述の環境調査の成績は広瀬川の自然がこれまでは良好に維持されて来たことを示すが、しかし、その観察は中・下流域を主としたもので上流域については非常に少ない。また、水質調査項目もBOD等の有機物を中心にしたものに限定されている。しかし、水の循環ないし物質循環の視点に立てば、鋭敏で特異性の高い環境指標として環境中微量元素は濃度および元素組成を組合わせることによって高い有用性を持つことが考えられる。

 本研究は広瀬川の水質について、これまで検討されることの少なかった上流域で微量元素を対象にその特異性について明らかにすると共に、長期的視野に立った微量元素による人為的環境汚染の影響評価の基礎的データーを集積することを目的として行った。

 

2.調査方法 調査対象地点は表1に示した広瀬川源流に近い地点

を起点にその下流約15.5kmまでの上流域の4地点で

--------------------------------------------学研究科生活系教育専修

ある。なお、採水地点の第1と第2点の途中、第1地点から下流5km付近に仙台市郊外の有名な温泉の一つである作並温泉がある。また、第2点と第3点の間には広瀬川の清流をキャッチフレーズにしたNウィスキー工場がある。

 

表1 広瀬川上流域の採水地点の標高と距離

 

標 高

距離

No

採水地点

(m)

(km)

1

桂沢橋

400

0.0

2

相生橋

280

7.0

3

川 崎

220

11.0

4

野川橋

170

15.5

 

 調査は冬季の2時期に行った。12月は降雪・積雪前の時期の調査として、1月は降雪・積雪期の調査として連続して同一地点で表流水を500mlのポリビンに直接採水し、測定試料とした。なお、1月の調査時には同地点の積雪を採取し、その融雪水も測定試料とした。

 pHと水温の測定はペーハーメター(HORIBA モデルD-12)を用い現場で測定した。微量元素の測定に際して検体は湿式灰化による前処理を行った。湿式灰化は容量50mlのテフロン試験官に検水10mlを分取し、硝酸(和光純薬、有害金属測定用)2.0mlを加えて、アルミニュ-ムブロック・電気ヒータ

 

ーで6〜8時間加熱し、最終温度150℃で完了した。冷却後に硝酸200ulを添加・溶解後精製水を用いて10mlの定容にし、測定検体とした。なお、Si測定は採水を直接用いた。

 測定元素のうち、非常に微量しか含まれず、ug/L(ppb)レベルの元素であるAs,Ba,Be,Co,Cr,Cs,Cu,Fe,Ga,Li,Mn,Mo,Pb,Rb,Se,Sr,V,Znはマイクロ波プラズマ質量元素分析装置(日立MIP-MS,モデル P-6000)により測定した。測定は内部標準・検量線法によった。内部標準物質としてはPbにはBi(Single―element Internal Standard,SPEX Chemical,USA)を、他の元素にはY(Single―element Internal Standard, SPEX Chemical,USA)を用いた。標準溶液はイオンプラズマ質量分析用標準溶液(Muluti―element Solution 2A, SPEX Chemical,USA) を用いた。

 mg/L(ppm)レベルのCa,Mg,Siはアルゴンプラズマ発光分光分析装置(セイコ-電子ICP,モデル SPS-1100)およびKとNaは原子吸光装置(日立AAS,モデル 208)を用い、いずれも検量線法により定量した。

 

3.結果と考察

(1) 上流域の水中元素濃度レベル:

 各採水地点別の表流水中のAs,Ba,Be,Co,Cr,Cs,Cu,Fe,Ga,Li,Mn,Mo,Pb,Rb,Se,Sr,V,Znの各微量元素濃度を12月と1月の時期別に表2−1に示した。

 

表2−1 広瀬川上流域地点別の表流水中元素濃度

採取

表流

水中元素濃度

(ug/l)

時期

地点

As

Ba

Be

Co

Cr

Cs

Cu

Fe

Ga

Li

Mn

Mo

Pb

Rb

Se

Sr

Ti

V

Zn

12月

桂沢橋

0.13

1.61

0.01

0.03

0.08

0.03

0.38

31.1

0.02

0.22

3.09

0.25

0.40

0.35

0.00

5.75

6.83

0.09

3.91

相生橋

1.46

1.82

0.01

0.04

0.07

0.07

0.45

105.9

0.04

1.94

7.61

0.35

0.35

0.51

0.01

12.71

11.78

0.15

2.46

川崎

0.78

4.89

0.01

0.06

0.16

0.05

1.54

208.0

0.09

1.01

9.97

0.32

0.39

0.50

0.00

14.79

13.11

0.31

5.03

野川橋

1.10

6.16

0.02

0.10

0.17

0.06

1.93

403.0

0.15

1.05

14.57

0.32

0.56

0.64

0.00

15.82

16.19

0.57

6.47

1月

桂沢橋

0.23

7.32

0.05

0.08

0.28

0.07

0.79

56.2

0.08

0.40

2.36

0.59

0.79

0.79

0.12

20.43

23.35

0.17

11.08

相生橋

6.22

4.70

0.07

0.05

0.25

0.26

1.74

94.7

0.08

7.56

10.28

0.77

0.35

1.31

0.10

41.19

28.34

0.16

5.77

川崎

1.98

7.32

0.05

0.04

0.37

0.08

1.60

75.7

0.07

2.56

4.17

0.61

0.34

0.74

0.08

32.74

24.27

0.17

7.77

野川橋

1.88

7.38

0.05

0.03

0.09

0.05

1.25

63.1

0.07

2.42

4.83

0.61

0.21

0.62

0.07

32.87

24.55

0.17

6.10

 

表2−2 広瀬川上流域地点別の表流水中元素濃度

採取

表流水中元素濃度(mg/L)

時期

地点

Ca

K

Mg

Na

Si

12月

桂沢橋

3.03

0.23

0.85

4.39

4.88

相生橋

4.09

0.31

0.98

6.04

4.08

川崎

4.09

0.31

1.07

4.45

3.78

野川橋

4.04

0.37

1.09

4.53

4.25

 これらの微量元素中ではFeが最も高い値を示し、他の元素の10から30倍値となっている。次に高いのがSrとTiでほぼ同レベルである。1桁台の濃度の元素は高い順にZn,Mn,Ba,Cu,Li,Asとなっており、他はpptレベルである。測定装置の検出感度の限界(DL)の関係もあるがSeは定量下限以下である。

 表2−2にppmレベルに含まれるCa,Mg,Si,K,Naの濃度を示した。Na,Si,Caはほぼ数ppm濃度の同レベルであり、Mg,Kが2〜0.5ppm含まれている。

 水質汚濁に係る環境基準のうちCd,Pb,Cr,As,Hg等は人の健康の保護に関する環境基準項目として基準値が設定され、今回測定したPb,Cr(+6)、Asの環境基準値はそれぞれ 0.01mg/L,0.05mg/L、0.01mg/Lとされているが、各測定値とも10分の1以下である。なお、Cdは測定値を示していないが本測定装置の検出限界以下の非常に低濃度である。

 

(2) 流域地点間の元素濃度の変動:
表流水中の元素含有量は流下と共に沈殿による減少や水生生物の捕集による減少、また逆に途中の支流や周辺環境からの流入による増加等による変動がある。健康影響や環境への有害性が高い元素についてはその動態が注目される。表3−1、3−2は上流地点から下流の地点への各元素濃度の変動を検討するため最上流の第1地点の濃度を1とした時の各地点の濃度を示した。1以上は増加を、1以下は減少を示す。表は左から下流値が増加する程度が大きなものから順に並べた。表3−1に示される元素のうち、As,Li,Mn,Sr,Cu等は12月および1月の両調査成績とも流下によって最上流地点での濃度よりもかなりの高値で、増加していることが示される。とくに、AsとLiの両元素は図1、2で観察されるように第2地点での高値が顕著であるが、これは第2地点の上流2km程の所ある温泉からの流入による影響と考えられる。多くの元素は下流地点での増加が認められるが、Pb,Si,Na,Mg等の元素は逆に濃度は低下する傾向を示し、水中の動態に他の元素との相違が推測される。そのメカニズムは不明で、検討が今後の課題である。また、地点間の比較は濃度によるものであり、それぞれの地点での流水量はかなり異なっており、環境要因との関係を検討する

 

表3-1

広瀬川上流域の雪中元素濃

度の

地点

間比

最上流地点濃度に対

する

Mn

V

Cs

Li

Co

Cr

Cu

Rb

Ga

Mo

Pb

Be

As

Ba

Sr

Zn

桂沢橋

1.00

1.00

1.00

1.00

1.00

1.00

1.00

1.00

1.00

1.00

1.00

1.00

1.00

1.00

1.00

1.00

相生橋

1.48

1.65

1.96

1.78

1.64

2.12

1.07

1.20

1.32

1.12

1.10

1.00

0.94

0.75

0.73

0.75

川崎

1.51

1.55

1.88

1.73

1.68

1.62

1.68

1.15

1.10

0.88

1.02

0.77

0.97

0.64

0.66

0.80

野川橋

11.26

2.50

2.79

2.57

3.66

2.01

2.10

1.93

1.66

1.25

0.97

1.00

0.89

1.32

2.17

2.29

表3−2

広瀬川上流域の水中元素濃度の地点間

比較

最上流地点濃度に対する

K

Ca

Mg

Na

Si

12月

桂沢橋

1.00

1.00

1.00

1.00

1.00

相生橋

1.32

1.35

1.16

1.38

0.83

川崎

1.35

1.35

1.26

1.01

0.77

野川橋

1.58

1.33

1.28

1.03

0.87

1月

桂沢橋

1.00

1.00

1.00

1.00

1.00

相生橋

1.30

1.21

0.81

0.61

1.01

川崎

0.93

1.00

0.83

0.32

0.89

野川橋

0.75

1.03

0.86

0.31

0.93

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

に当っては、濃度x流水量で示される総流入量(ないし総送負荷量)を求めることが必要である。因みに、昭和62年度の仙台市のBOD調査時の流量は本調査の第1地点と第2地点の途中のひろせ橋では68,976m3/日であり、第2地点の相生橋では99,081m3/日_28と_30し、BOD負荷量を41.3kg/日と79.2kg/日と算出している2)

(3) 時期別の元素濃度の変動:

12月と1月と2時期での地点別の元素濃度の比較の成績を表4−1、4−2に示した。両表とも1月の濃度が12月に比してより高濃度を示した元素を左から順に並べている。表4−1の元素ではBeからAsまではいずれの元素も上流地点ほど1月の濃度が高値となり、表4−2の各元素は全地点でそ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の傾向が顕著である。積雪および低温凍結にる流水量の減少等の影響も考えられるが、表5に示される水のpH値が12月に比して1月にはかなり低下していることとの関連性がより強く影響しているのではないかと推測される。すなわち、各元素とも水溶解性はpHの低下により増大することの影響である。また、溶存酸素濃度との関連性も考えられる。しかしながら、詳細な検討は今後の課題である。

(4) 雪と表流水中元素濃度の関係:

 1月調査時に積雪があり、表流水採水の際にその地点で積もっている雪を採取し、その融雪溶液中の元素濃度を測定した。採取地点の濃度は表6−1と表6−2に示した。融雪溶液(雪)中濃度に対する表流水中濃度比の地点別成績を表7−1、7−2にまとめた。表は比の小さいものを左から順に並べた。1より数値の小さい元素は小さいほど雪中濃度が流水中より高いことを示している。表7−1のPbからCsまではほぼ各地点とも1より小さく、かつ下流地点ほどその値がいずれにおいても小さくなっている。Tiはいずれの地点でも1よりかなり大きな数値を示しているが下流地点に向かって小さくなり、従ってPbからCsの元素と同様の変動傾向と考えられる。比が1より小さく、下流地点ほど比が小さくなりかつ雪中濃度が増大している元素は大気中の元素濃度を反映していることによると推測される。従って、これらの微量元素の雪中濃度と表流水中の濃度比はこれらの大気中元素濃度変動(ないし汚染)を鋭敏に示唆するものと考えられる。しかしながら、これを実証するためにはこれらの地点での当該元素の大気中濃度の調査が同時に行われなければならない。これらの点は今後の検討課題である。

 

4.まとめ

 人の生活の直接的影響がほとんど無い最上流域から温泉街をはさんで集落が点在する比較的短い流域で、積雪前後の2回の調査であるが、広瀬川の水質が地域の生活環境および気候の影響と深い関連性を持つことが明らかになった。

 本調査は広瀬川全体から見れば非常に限られた地域で、かつ冬季の短期間のものであり、仙台市民生活と広瀬川の水質との関連性を全体的に見るためには下流域および季節を通じて観察が必要である。

 

参考文献

1) 仙台市衛生局環境公害部(1985):昭和46年版仙
台市の公害、pp.36-46、仙台市衛生局。

2) 仙台市衛生局環境公害部(1988):昭和63年版公
害関係資料集、pp.66、仙台市衛生局。

3) 仙台市環境局環境部(1993):平成5年版仙台市の
環境、pp.33−54、仙台市環境局。

4) 仙台市下水道局建設部計画課(1994):仙台市公
共下水道基本計画、pp.1-22、仙台市下水道局建設部計画課。

5) 仙台市環境局環境部環境対策課(1997):仙台市
水環境保全計画策定のための調査報告書、pp.31-77、仙台市環境局。

6) 仙台市環境局環境部(1998):水環境、平成9年版
仙台市の環境、pp.33−47、仙台市環境局。

7) 宮城県環境生活部環境政策課(1997):宮城県環
境基本計画、pp.50-59、宮城県環境生活部環境政策課。

8) 宮城県環境生活部環境政策課(1998):平成9年度
宮城県環境白書資料編、pp.132-161、宮城県環境生活部。