宮城教育大学環境教育研究紀要 第2巻

 

環境教育のための河川利用−河川中の指標物質の探索―村松  隆*・國井 惠子**・高取 知男**

 

 イオンクロマトグラフィーにより広瀬川、名取川、七北田川の水質指標を検討した。いずれの河川からも、イオン成分としてNa+,Ca2+,Mg2+,K+,NH4+,Cl-,SO42-,NO3-が検出された。特に、Na+,Ca2+,Cl-,SO42-の濃度は、上流から下流にかけて急激に増加することが確かめられた。これらのイオン濃度の変化は、河川中の鉱物からの溶解と河川周囲の大気成分の溶解に由来したものである。このことは、Na+,Ca2+,Cl-,SO42-が、河川水の特質や河川周囲の自然環境を理解する上で有用な指標となることを示している。

 

キーワード:広瀬川・名取川・七北田川・水質分析・イオンクロマトグラフィー

 

1.はじめに 最近、小学校や中学校では、環境教育の一環として河川の水質調査の取り組みが多く行われ、実践活動の様子がインターネットなどを通じて広く公開されている。しかし、それらの内容の中には、河川水質の現状認識にとどまったり、簡易化した水分析法の工夫の紹介に終わるなど、環境教育としてまだ不十分なものが少なからず見受けられる。われわれは、河川とその周辺を詳しく調査分析することで、河川を環境教育にいかに利用していくかを種々検討している。河川水は、環境の現状を把握するのに指標となりうる種々の物質を含むと考えられるので、ここでは、仙台市周辺の代表的な河川である広瀬川、名取川、七北田川について、主要イオン成分の分析を行い、各河川の水質の特徴を検討した。

 

2.河川中のイオン成分

広瀬川、名取川、七北田川の河川水について、イオンクロマトグラフを用いて、含有イオンの定量分析を行った。測定イオンは、Li+、Na+、K+、Mg2+、Ca2+、NH4+の6種類の陽イオンと、F-、Cl、NO2、Br
NO3、PO43−、SO42−の7種類の陰イオンである。各河川の上流域、中流域、下流域より採水し、流域の溶解成分の特徴を検討した。

 表1と表2は、含有イオンの定量結果を示したものである。河川に共通してNa+、Ca2+、Cl-、SO42-が多く検出された。いずれの河川からもLi+、F-、NO2-、Br-、PO43-は検出されず、Na+、Ca2+、Cl-、SO42−を主要イオンとする河川であることが確かめられた。

 図1と図2は、各河川について、それぞれ陽イオン濃度と陰イオン濃度の流域による違いを示したものである。上流から下流に移るにつれて、Na+とCa2+、Cl-、SO42-が河川に共通して急激に増加していくことが分かる。この顕著な濃度変化は、次節に述べるように、大気を通じた海塩の循環と鉱物の溶解に由来したものと考えられる。一方、Mg2+、K+、NO3-については特に差異は認められなかった。

表1 河川中の陽イオン(mg/L)

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*宮城教育大学附属環境教育実践研究センター、**仙台市科学館

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3.指標としてのNa+、Ca2+、Cl-、SO42- 河川中の主要イオンであるNa+、Ca2+、Cl-、SO42-は、種々のメカニズムを通して水中に溶解する。測定したアルカリ金属イオンの中で、Na+の濃度が高い。これは河川水にかかわらず、環境水一般に認められていることである。Na+の溶解メカニズムについては、海塩が大気を通じて循環し雨水に伴われて河川水に入ること、火成岩や変成岩及び堆積岩中のケイ酸鉱物が水中で分解して生ずる溶解イオンが河川水に入ることなどが知られている1)。大気循環過程において、Cl-はNa+と密接な関係をもっており、海洋からもたらされる塩化物が大気を通じて循環し雨水に伴われて河川水中に入る量は、河川水中における全Cl-のおおよそ50%で、残りの50%のCl-は、蒸発残留岩(主にケイ酸塩鉱物と堆積物中のハライト)などの溶解に由来すると見積もられている。

 一方、河川における硫酸塩の分布は塩化物の分布に比較的似ているが、SO42-の由来はCl-の場合に比べるとあまり明確ではない。平均的な河川について得られているデータ2)によれば、全体のおおよそ40%が大気を通じたサイクルにより溶解し、残りの60%が河川中の硫酸塩鉱物(石膏や硬石膏など)の溶解に由来すると考えられている。大気を通じたSO42-の溶解量には、化石燃料の消費により排出される硫黄酸化物が雨水とともに降下し、河川におけるSO42-濃度を高めていることも考えられるので、河川中の鉱物のみに着目するだけでなく、河川周囲における人間活動との関係などにも目を向ける必要がある。河川水中のCa2+については、わずかな部分しか海塩のリサイクルに由来しないことが知られており、河川水中の炭酸塩鉱物(カルサイト、アラゴナイト、ドロマイトなど)の溶解やケイ酸塩鉱物の風化による溶解に由来したものがほとんどである。

 一方、Mg2+やK+は、ほとんどが鉱物中のケイ酸塩や炭酸塩の風化に由来したもので、大気経由の溶解量は極めて少ない。特に、鉱物の風化によって河川に入ったK+は、水中でその大部分がイライトや粘土鉱物によってトラップされることも知られており、上流域から下流域にかけて顕著な濃度増加を示さない主な要因になっている。図1に示すように、K+、Mg2+の含有量が他のイオンに比べて少ないのは主にトラップ効果によって理解される。植物の栄養素であるカリウムが粘土鉱物に吸収され、植生の豊かな環境が作られる自然の仕組みを予想させる。

 Ca2+は水中鉱物によりトラップされることはほとんど無く、河川水のCa/Kはおおよそ6以上になっており、鉱物の溶解による濃度増加に伴って水の硬度を高めている。

 

 以上に述べたように、河川中のイオン種の起源と流れに伴う変化を考えたとき、広瀬川、名取川、七北田川に含まれる主要イオンであるNa+、Ca2+、Cl-、SO42-の各濃度は、河川中の鉱物の種類や量、及び、河川をとりまく大気環境に大きく影響していると思われる。このことは、これらの4種類のイオンが、河川のおかれた地質的特徴や人間と河川との関わりなどを学ぶ上で、有用な指標となることを意味している。

 今後、河川水質の時期的変化を詳細に調べ、さらに採水箇所を増やし、指標と環境実態との関係を詳しく検討し、仙台市周辺の河川をフィールドとした環境教育教材の開発を行いたいと考えている。

 

4.さいごに

 学校教育の中で、河川を環境教材として有効利用するためには、分析データ等の河川情報を分かりやすい形に変え、図鑑や写真をまじえて子どもたちが理解しやすい内容に加工する必要がある。同時に、環境教育を推進する立場の教師に対しても、実践しやすい具体的な取り組み方についての提示も必要となる。たとえば、河川水中に生息する水生動物の生育と水質との関係や、実験・観察法など、実践活動に直接結びつく細かなデータが必要となる。水中のイオン成分などの河川水質の一次情報に加えて、種々の補足する基礎的事項を含め、環境教育を推進する上で役立つ思考支援となる河川情報データの構築を進めている。

 

 この研究課題は、河川情報センターの研究開発助成を受けて行われたものであり、支援していただいた関係者各員に御礼申し上げます。

 

 

 

参考文献

(1)大槻憲四郎他、広瀬川流域の地質と地形、
広瀬川流域の自然環境

―広瀬川流域自然環境調査報告―、pp.1-84,
仙台市(平成6年)

(2)H.D.ホランド、山形登訳、大気・河川・海洋
の化学、pp.75-142,産業図書