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研究報告

水田・湿地フィールドの環境計測と環境教育素材としての可能性

見上一幸*・岩渕成紀**・中澤堅一郎**・八鍬辰一郎***
・相内健一****・田中 融****

要旨:平成9年より11年までの3年間、宮城教育大学環境教育実践研究センターのプロジェクト研究の一つとして「蕪栗沼を中心とする水田・湿地フィールドの環境教育のための活用」と題する研究を行った。本報告はこの研究の中で、水田の水質リモートセンシングおよび画像の情報収集を行い、これを学校における環境教育実践に資するための検討を行ったものである。具体的には、NTTの協力を得てカメラおよび水質センサーを宮城県南方町および田尻町の水田に設置し、経時的にデータを環境教育実践研究センターおよびNTT生活環境研究所内のサーバーに集め、宮城教育大学環境教育実践研究センターのホームページを介して、インターネットによって教育現場へ提供した。リモートセンサーにより計測した水質項目は、pH、溶存酸素、水温、電気伝導度、水深、酸化還元電位、塩分濃度である。各計測結果を1時間おきに計測するとともに、水田の映像、水中微小生物調査および採水による水質分析結果などを含めた基礎データの収集を行った。また、データベース利用上の問題点を検討するために、実際の授業での利用実践も行った。

 

1.はじめに

 日本は緑の列島でもあり、水の列島でもある。ここに住む人々の生活に密接に関わる景観が、里山であり水田であるといえよう。水田は地球に届く太陽エネルギーを稲に貯えて、人間の食糧に変換する営みの場である。日本の耕地面積の約半分を占め、日本の原風景ともいえる水田は、日々の糧である米を生産する場所としてだけでなく、田園の気候や自然に大きな影響を与えている。また、水田は豊かな自然を提供するだけではなく、洪水防止や国土保全などの様々な機能を持っている。この水田の自然環境を学校の環境教育に教材として用いるために、各環境要因についての基礎データを収集し、リアルタイムでの情報および蓄積したデータの教育現場への提供が重要と考えた。
 なお、本プロジェクト研究は、環境教育実践研究センターの「フィールドミュージアム構想」の一環として実施されている「水田・湿地フィールド」の研究の一部と位置づけられるものである。フィールドミュージアム構想とは、環境教育実践研究センターが森林や湿地、河川などの自然環境そのものを教材として学校に提供し、環境教育関連の授業に役立てようとするものである。
 これまで水田における教育利用を目的とした環境測定はあまりなされていない。水田には、様々な微小生物が生息しており、水質も大きく変動していることから、水田は科学的にも大変興味深い素材である(見上他、1999)。本研究の初年度および2年度においては、アイガモ農法を行なっている水田でのリモートセンシングによる水質調査を、水田に水が入る5月中旬から8月下旬にかけて行なった。研究3年度においては、農法の異なる3つの水田(慣行水田、不耕起水田、アイガモ水田)で微小生物の生物相や水質にどのような違いがあるかの検討を行うとともに、すでに得られた結果の再現性の検討を行った。

 

2.水質測定の方法

1.データの収集記録の方法とコンピュータネットワークの構成

 計測項目は、計測機器(NTT入出力システム研究所)の性能上から、水温、pH、水深、酸化還元電位、電気伝導度、溶存酸素、塩分濃度の7項目である(見上他、1999)。初年度・2年度は、アイガモ農法水田だけであったが、3年度は農法の異なる3種類の水田に水質センサーを取り付け、1時間毎に水質測定を行った。3年度の水田は、従来の慣行農法を行なっている水田である慣行水田(宮城県遠田郡田尻町 柳原氏)、前の年の稲株を残したまま耕さない水田である不耕起水田(宮城県遠田郡田尻町 小野寺氏)、アイガモを水田に放し雑草駆除をさせる有機農法のアイガモ水田(宮城県登米郡南方町 農業生産法人板倉農産 阿部氏)の3つである。センサーは慣行水田の入口、慣行水田の出口、不耕起水田の出口、アイガモ水田の出口の4箇所に設置した。
 また、水田のようすを教室に伝えるために、この水田のほぼ全体が画面に収まるような位置にテレビカメラを設置した。初年度および2年度は板倉農産阿部宅の庭(登米郡南方町)に、3年度は小野寺氏の庭先(田尻町)に移動設置した。使用したカメラはすでに報告した通りである(見上他、1999)。
 本研究では、水質センシングデータおよびカメラ映像を毎時、送信するようにした。初年度・2年度は、水質および画像データはSDN回線を通じてOCN、SINET、TOPICを経由して、宮城教育大学環境教育実践研究センター(EEC)内にあるサーバに送られた。このサーバを介して、リアルタイムのデータを得られるとともに、蓄積された過去の履歴がインターネットを通して各教育現場に送られ利用できるようになっている。3年度は、NTT生活環境研究所(神奈川県厚木市)にあるサーバ機を用い、水質センシングの結果および映像のデータベースは環境教育実践研究センターのホームページ(初年度および2年度3年度)から学校でも見ることができるように準備した。データ表示は、宮城教育大学EECおよび仙台市科学館の意見を基にNTTによって設計、作成された。
 慣行水田における3年度の測定期間は平成12年5月17から8月25日であるが、中干しのため水を抜く期間があったため7月8日から8月9日は測定していない。調査項目のうち、水温についての調査期間中の変化を、例として図に示した。

 

2.微小生物の調査の方法

 初年度と2年度は、ピペットにより水田の土の表面や稲の茎に付着する微小生物を主に調べたが、平成3年度は、水田水中に浮遊する微小生物を調べることとした。平成12年5月、6月、7月、8月のそれぞれ上旬に計4回、水質センサーが設置してある3ヶ所の水田より採水、調査した。採水方法は、長さ約30cmの塩ビ管を水田の中に立て、その中にある水を採水し、プランクトンネットで濃縮した。この採取した水はポリびんに入れて研究室に持ち帰ってシャーレに移した後、双眼実体顕微鏡と倒立顕微鏡で種類と数量を数えた。なお、今回は水を採取し、水垢や土はほとんど採取していないので、水田の底に固着しているものは数に入っていない。

 

3.微小生物調査の結果

 大都市域を除けば水田は身近であり、微小生物を教材として用いる際に採取する場所として適していると考えた。そこで、水田水中にどのような種類や量の微小生物が生息しているかを調査した。初年度の調査結果は、すでに発表してる(見上他、1999)ので、ここでは3年度の慣行農法水田、不耕起水田、アイガモ農法水田についての結果を述べる。調査は平成12年5月30日、6月30日、7月13日、8月3日の計4回、水質センサーが設置してある3カ所の水田より採取した水1リットル中の水中微小生物を調べた。その結果、そこに住む微小生物の種類と量にそれ程大きな違いは見られなかったが、不耕起水田の生物の量はやや豊かであり、アイガモ水田はやや貧困であった。採取する季節によって生物相に違いが出てきており、稲の成長や気候の変化、水田の違いが、水中の微小生物に影響を与えているといえる。ケイソウやミカヅキモ、アオミドロ、ミドリムシ、ツリガネムシ、ワムシやミジンコといった教科書によく出てくるような微小生物がどの水田でも採取された。
 不耕起水田では他の2つの水田に比べ、ケイソウやツリガネムシが多く見られた。アイガモ農法を行なっている水田は、アイガモが水を掻いて泳ぐために、水がひどく濁っていた。そのため、生物はほとんどいないのかと思われたが、ミジンコの類は他の水田とあまり変わらない。しかし、その他の微小生物数は、他の水田と比較してやや少ないのが特徴である。
 また、どの水田もその後の6月、7月、8月と生物数が減ってきている。これは、稲の成長により水田水への日射量が減少したため、緑藻類などの光合成による生産量が減ったことが原因であるとも考えられる。さらに、アイガモ水田ではアイガモが水を掻いている泳ぐため水が濁っている。このことが光の透過率を減少させ、植物性微小生物の生産量をより減少させている考えられる。

図 水温の季節変化と水田による違い

 

4.リモートセンシングによる水質測定の結果
(1)水質の日周性

 リモートセンシングにより水質を測定した結果、水質は次に示すように日周性をもって変化しているのが確認された。
 そこで、調査項目のうちのいくつかについて述べる。

1)水温: どの水田においても、水温は日の出後1〜2時間後に上昇を始め、午後2時くらいに最高温度を示す。その後、気温は緩やかに低下し、水温は翌日の日の出直後に最低温度を示す。これは、水田水が日光によって暖められるのに時間がかかり、また午後は温度がゆっくり下がることを示している。水は比熱が大きいため、気温の変化と連動させて考えると、稲を寒さから保護していることを説明するためのデータにもなる。
2)pH: pHの変化は夜間6.5くらいを示していたものが、昼間になり、日が差すにつれてpHは上昇し、午後2時〜3時くらいに最大値のpH9を示す。水田の種類や測定日、測定時期によってその変化の幅は違っていたものの、夜間微酸性を示すほどに低かったものが、昼間には強いアルカリになるまで上昇するといった傾向が見られた。これは水田水中に住む緑藻類などの微生物が日中に行う光合成の影響で、水中の二酸化炭素は消費されるため、pHはアルカリに傾くと考えられる。しかし夜間は、微小生物は光合成を行なわなく、呼吸のみを行うため、水中に二酸化炭素が放出され、再び微酸性に戻るものと考えられる。なぜpHが上昇するのかの説明は、小中学生には難しいとしても、このように変化の激しい水の中に、水田の微小生物がいることは大きな驚きになると思われる。
3)溶存酸素量: 溶存酸素量は、夜間低かったものが夜明け過ぎから上昇し、昼間には高くなることが分かる。例えば、不耕起水田出口6月17日の溶存酸素のデータから最小値は午前5時で、0.35mg/lであり、これはこの時間の水温21.6℃における飽和溶存酸素量8.59mg/lの4%にすぎない。一方、昼間上昇した溶存酸素量は午後3時くらいに最も高くなり、14.47mg/lを示した。これはこの時間の水温26.4℃における飽和溶存酸素量7.94mg/lの182%にあたる。このことから、微小生物のうちの藻類などの光合成を行うものや、水田に生育している植物などが昼間に光合成を行なった結果、酸素を放出すのに対し、夜間には光合成が行われず、呼吸のみ行なわれて酸素を消費していることがいえる。
4)水深: 常に水が張ってあると思われる水田も水深は変化しており、水が出入りしているのが分かる。慣行水田ではまた、測定期間中で、水深が減少していった時期が見られるが、これは晴れの日が続いたことから水田水が減少したことが考えられる。

(2)水質の季節的変化

 水温の変化は慣行水田、不耕起水田、アイガモ水田のいずれの結果も、5月〜6月の変化の幅が大きく、7月〜8月は小さくなっている。この原因として考えられるのは、稲の成長によって、日光が遮断され、水面の日射量が少なくなったことである。また、水温はそれぞれの水田で特異的な変化は見られなかったが、全水田で水温が高い時期と低い時期があることから、その地域の気象についても考えることができる。
 pHは5月、6月は変化が大きいのに対し、7月、8月はほとんど変化を見せなくなっている。この場合も大きな要因としては、稲の成長により日光が遮られ、水田水に照射する日射が減少し、藻類などの微小生物による光合成量が減少した結果と考えられる。
 溶存酸素量もまた、測定期間の前半に比べ、後半は測定値の幅が集束する傾向にある。これは光合成による酸素発生量が稲の成長に伴う日照の減少によって低下したためであると考えられる。またアイガモ水田の値が低く記録された。これは、アイガモが水を掻いて泳ぐことによる水の濁りが続いたため、水中まで日光が届きにくく、そのことが水田水中の微小生物の光合成を妨げたのが原因であると考えられる。
 水深の変化の3つの水質のデータから、常に水が張ってある水田も、水の出入りがある事が分かる。また、測定期間中で、どの水田でも同じ時期に水深が低下している時期がみられる。これは晴れの日が続いたことが原因で、水量が減少したのであると考えられる。

(3)水田の農法の違いによる水質の差

 今回の測定で、水温や電気伝導度、塩分濃度などの水質については水田に特異的な変化は見られなかった。水田による違いが顕著に現れたのはpH、酸化還元電位、溶存酸素量、水深である。
 pHは慣行水田では、変化の小さい日周性は見られるものの、期間を通して微酸性のまま、大きな変化は見せなかった。不耕起水田では、一日のpHの変化が大きく、測定期間を通してみても、酸性とアルカリ性の間を変動している。また、アイガモ水田では、アイガモを放鳥した6月下旬以降pHの変化は収束している。これはアイガモが水を掻いて泳ぐことで水田水が濁り、日光を通しにくくなったことや、稲の生長の影響で、日光が遮られてしまったことにより、光合成に伴う二酸化炭素吸収量が減少したためと考えられる。
 次に、溶存酸素量は、慣行水田では、日周性をもった変動が測定期間中続くのであるが、測定期間の8月後半では値の変動は小さくなっている。慣行水田は、7月中に中干しの作業により水田から水を抜いていたため、水質を測定できなかった。溶存酸素量の変動が最も大きかったのが、不耕起水田である。不耕起水田の溶存酸素量は測定期間を通して常に日周性を持って大きく変動し、測定期間の後半である7月〜8月に変動は少なくなるものの、3種の水田の中で最も変化が大きいといえる。アイガモ水田では6月上旬を過ぎると溶存酸素量が他の水田と比較して非常に低い値を示すようになり、日周性は多少見られるものの、その変化の幅が小さい状態が測定期間の最終日まで続いた。アイガモを放鳥したたのが6月上旬である。水を掻いて泳ぐアイガモの泳ぎが水田の土を舞い上げることで水が濁り、日光が遮断され、光合成が効率よく行われなかったことが原因の一つであると考えられる。
 また、ボルボックスの光合成量の測定実験の結果、光量子量100μmol/m2/sの光条件下でボルボックス約1万個体が放出している酸素量はおよそ8.12μl/hと推定できた。ボルボックスにも、わずかながら酸素を発生するほどの光合成能力があることがわかった。アオミドロや珪藻などといった緑藻類は多くの酸素を発生していると考えられる。
 中学校の教科書には微小生物の観察の単元があるが、それには微小生物が豊富な5、6月に採取行うとよいことがわかる。また、水質測定の結果から、pHや溶存酸素量が日周性をもって変化していることが確認された。このことは水田に生息する微小生物が光合成や呼吸をしていることを示しており、中学校の教材としても利用することが可能である。

 本研究は、平成9年より11年までの3年間、宮城教育大学環境教育実践研究センターのプロジェクト研究の一つとして「蕪栗沼を中心とする水田・湿地フィールドの環境教育のための活用」という研究課題のもとに行われた研究成果の一部である。

 

謝辞

 本研究の大きな特徴は、宮城教育大学環境教育実践研究センターを中心に、仙台市科学館、仙台市立の小学校、民間企業の研究機関が連携のもとに行うことができたことである。特に本研究のために貴重な水田を使わせて下さった阿部善文氏(南方町板倉農産)、小野寺実彦氏(田尻町)および柳原氏(田尻町)に心からお礼申し上げる。この他、本研究を進めるにあたりご支援、ご協力戴いた宮城県教育委員会、仙台市教育委員会、田尻町教育委員会、田尻町の児童及び父母の皆さま、仙台市芦口小学校、NTT東北研究開発センター、NTT東日本宮城支店、高取知男、国井恵子、永沼孝敏(以上仙台市科学館)、峰浦耘蔵(田尻町)、村松 隆(宮城教育大学)、寒河江智弥、佐藤 智、小野寺美保、加藤 忠、小林宏幸(以上NTT東日本株式会社)の各氏にお礼申し上げる。なお、本研究の内、微小生物調査部分については、平成10年度文部省科学研究費補助金 基盤研究(B)09558005 (代表 見上一幸)の一部を使用し、仙台市科学館での実践授業については、平成10年度文部省委託事業社会教育施設情報化・活性化推進事業の一環として実施された。

 

文献

見上一幸、村松 隆、岩渕成紀、國井恵子、中澤堅一郎、加藤 忠、斉藤 智 (1999) 野外フィールドのリモートセンシングと自然環境教育 I.水田の水質センシング 宮城教育大学環境教育研究紀要 1,23-32.

 

* 宮城教育大学教育学部附属環境教育実践研究センター
** 仙台市科学館
*** 宮城教育大学
**** NTT東日本東北研究開発センター

 

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