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活動報告

「水の中のミクロの宇宙」を楽しむ子どもたち

田幡憲一*・見上一幸**・出口竜作*

On November 5th, 12th and 19th in 2000, the authors taught sixteen highschool and middle highschool students, in labolatories of Miyagi university of education. In our program, the students observed small lives in water, using various types of microscopes.
On November 5th, students learned about ecology and physiology of cyanobacteria, including collection of cyanobacteria in a vertual space and from nature, its role in the evolution of lives and effects of chromatic lights on pigment synthesis. On 12th, they learned about molecular and cell biology of Paramecium, including microinjection technique, nucleare transplantation, PCR and electrophoresis of DNA. On 19th, students learned about ethology of cnidarians, observing their body forms, feeding behavior, and fine structure of nematocysts.
This program was supported by Grant-in-Aid for Publication of Scientific Research Resutls of The Ministry of Education, Science, Sports and Culture .

key words: science education(理科教育)、environmental education(環境教育)、biology education(生物教育)、 microscope(顕微鏡)、 microorganisms(微小生物)

 

1.はじめに

(1)理科を巡る子どもたちと教師

 理数改善協会(1996)の、小学校3学年から中学校3学年までの児童・生徒を対象として、理科の物理、化学、生物、地学の各分野に対する態度を調べた調査によると、学年が高くなるにつれ、物理分野、化学分野が好きと答える生徒の割合が著しく減少することが示された。
 また、日本では1995年に実施された、IEA(国際教育到達度評価学会)による第3回国際数学・理科教育調査では、日本の中学生の理科の学力は世界でもトップクラスではあるが(中学校2年生で41カ国中第3位、中学校1年生で39カ国中第4位)、理科に対する態度では大好き、好きと答えた中学校2年生の生徒の割合が21カ国中もっとも少なく56%であった(国立教育研究所 1997)。
 一方、小・中学校では2002年度から施行される平成10年12月14日に告示された小学校学習指導要領、及び中学校学習指導要領では、総合的な学習の時間の導入や、学校週5日制の導入によって、既存の教科の時間が大幅に削減されることになった(表1)。

 さらに、平成12年度より教員免許法が変わり、免許取得に義務づけられた、大学で取得しなければならない教科に関する科目の単位数が大幅に減じられた(表2)。たとえば、小学校教諭1種免許を取得するためには従来18単位の教科に関する科目の単位取得が義務づけられていたが、平成12年度入学生からは、8単位でよいことになった。これまでも小学校教諭の免許状取得に理科の実験に関する科目の単位取得が義務づけられていなかったことの問題点を指摘する声が聞かれていたが(浅島誠ら 1997)、これからは大学で理科の講義さえ受講することなく小学校で理科を教える教員が出てくるということである。

 また、中学校教諭1種免許取得のためには、従来40単位の教科に関する科目の単位取得が義務づけられていたが、平成12年からは20単位に減じられた。新たにつくられた教科または教職に関する科目という枠組みの中で、理科など教科に関する科目を履修する可能性もある。けれどもたとえば小学校教諭1種免許を取得することを目的として大学で学んだ学生が、20単位の理科に関する科目の単位を取得するだけで小学校教諭一種免許の他に中学校理科教諭の一種免許を取得し、中学校で教壇に立つことができるのである。
 これらをまとめると、21世紀の小・中学校では、理科にあまり興味がもてない、あるいは学生時代を通じて理科をあまり学んで来なかった教師が、理科が好きになれない児童・生徒に少ない時間の枠内で理科の授業を行うことにもなる。
 一方、空気中の二酸化炭素の増加や、オゾン層破壊による地上に降り注ぐ紫外線量の増加など、21世紀の地球環境を考える上での課題も多い。これらの問題を考える上で、自然を正しく認識し理解することは問題解決の基本的な力である。これらの基礎的な力を児童・生徒の身につけさせる機会、あるいは教員を目指す学生に身につけさせる機会をつくっていくことは、21世紀の社会を築くために必要なことである。

文部科学省ホームページより田幡作成
表1 理科への配当時間
表2 教諭一種免許取得に必要な単位
(2)これまでのわたしたちの活動

 総合的な学習の時間では、児童・生徒の興味に基づく研究活動が重視されている。学校週5日制を有意義なものにするためには、休日の子どもたちの活動を受け止める地域社会の環境整備が必要である。
 また、理科などの教科に関する科目を履修する機会の少ない教員を志す学生には、教科に関する科目を受講する以外の局面で、理科に触れる機会を準備することも必要である。
 このような問題意識から、わたしたちは(1)文部省フレンドシップ事業に参加、地域の子どもたちを大学の理科実験室に招き、学生に自ら作成した指導案に基づき理科実験を指導させたり(宮城教育大学理科教育講座1998-2000)、宮城県北部の蕪栗沼での自然観察を学生に指導させるなどの活動(見上一幸と村松隆 1998 伊澤紘生他 1999 宮城教育大学環境教育実践研究センター 1999)、(2)大学等地域開放特別事業に参加し地域の親子を大学の実験室に招き、大学教官による理科実験の指導を行い理科の楽しさを子どもたちに実験を通じて体験させるとともに、ボランティアとして参加した本学学生に理科実験を通じて子どもたちとつきあうことを体験させる活動(田幡憲一と出口竜作 2000)などの事業を行ってきた。
 一方、田幡はラン藻を材料とした理科教育のための教材研究(田幡憲一1996、田幡憲一1998、工藤泰子他1999)を、見上は繊毛虫を材料とした生命科学研究の経験を生かし、水中微小生物を環境教育素材として用いるための教材研究(見上一幸1998)を、出口は刺胞動物を材料とした生命科学研究の経験を生かした理科教育のための教材研究(田幡憲一と出口竜作2000)を行ってきた。
 これらの経験を踏まえ、田幡を代表とし、見上と出口の3人でグループを組織、科学研究費補助金研究成果公開発表B(実験実習形式)に応募し、先端の科学を中学生、高校生に観察・実験を通じて体験させるとともに、身近な環境に見られる水中微小生物を認識し、そのなりわいを理解させるための事業を行うこととした。

 

2.「水の中のミクロの宇宙」の概要

 「水の中のミクロの宇宙」は、全国で52の企画が実施された「ふれあいサイエンス2000」の一環として、私たち研究者グループと「ふれあいサイエンス2000」を統括した日本学術振興会の共催で実施された。
 ふれあいサイエンス2000全体は、全国都道府県教育委員会連合会、全国市町村教育委員会連合会、全国科学博物館協議会の後援を受け、加えて「水の中のミクロの宇宙」は宮城県教育委員会、仙台市教育委員会の後援を受けた。
 「水の中のミクロの宇宙」の目的を、水に棲む微小生物を大学の高性能の光学顕微鏡を用いて観察し、身近な環境を見つめ直すとともに、生物のからだの精緻なメカニズムについて解析することによって先端の科学に触れ、理科学習への動機付けとすることとし、宮城教育大学生物学生第二実験室を会場とした。平成12年11月5日、12日、19日を開催日程とし、延べ3日間にわたり参加できる中学生、高校生20名前後の参加者を募った。
 日本学術振興会から、各学校等にポスターや応募用紙が配布され、応募した生徒は日本学術振興会が集約するのが原則である。けれども、日本学術振興会からの配布物を見て私たちの企画に応募した生徒は1名のみであった。宮城県内高校教諭の研修会で本企画の説明を行い参加者を募る、理科教育講座が実施したフレンドシップ事業のおりに参加した中学生に本事業の説明をする、日本化学会が中学生、高校生を集めて行った実験講習会「夢 化学 21」のおりに参加者応募用紙を配布する、宮城県内の高等学校と仙台市、仙台市近郊の中学校にあらためて私たちから「水の中のミクロの宇宙」に関するポスターと応募用紙を郵送する、新聞の情報欄に本事業を紹介してもらう、参加が望めそうな学校には積極的に私たちから生徒の応募を勧奨するよう依頼する、などの宣伝活動の結果、中学生9名高校生7名の応募を得、書類選考の結果応募者全員の参加を認めた。
 表3に、11月5日(日)、12日(日)、19日(日)の担当者と参加者数、会場、時間を示した。内容の詳細については、以下の指導の実際に述べる。

表2 概要

 

3.指導の実際

(1)11月5日の指導・・・ラン藻の観察・実験

・ラン藻とは
 シアノバクテリア(ラン藻)は、地球上に30億年以上前から棲息してきたと考えられており、酸素発生を伴う光合成を行い、葉緑体の起源となったとされている生物である。身近な河川や湖沼や湿った地面、コンクリートの壁、さらには温泉のわきだし口や極地など高温、低温の場所など、地球上のあらゆる箇所で見られる生物である。また、窒素固定を行い地球規模の窒素循環を支える重要な生物であり、ラン藻の共生するコケ類が森林の一次遷移において、環境の栄養の乏しい初期段階に成長するとされている。さらに、ラン藻によっては生育する環境の光に応じて光合成反応における集光物質の役割を果たす青色のフィコシアニンと赤色のフィコエリトリンの量比を変え、環境に対する適応を行う。
 生命の進化、代謝、環境と調節、生態系を考える上で重要な生物であり、培養もたやすく(工藤他1999)、教材としての豊かな可能性を持つ生物でもある。
 一方ラン藻は、原核生物のため、真核生物の取り扱いにとどまる中学校までの教材生物として用いられることは少ない。高等学校での教材として用いられた例もほとんどなく、中学生高校生にとっては親しみ深い生物とは言えない。
・指導の流れ
a ラン藻の自然史
   38億年前の地層から現世のラン藻とよく似た生物の微化石が発見されていることや、30億年以上前の地層から、原生のラン藻が形成するストロマトライトに酷似した化石が見つかっていることなどから、ラン藻が古くから地球上に生息したと考えられることを説明するとともに、ラン藻が葉緑体の起源として考えられることを解説し、ラン藻観察への動機付けとした。
b 仮想空間でのラン藻の採集
   田幡と赤木(2001)は仙台市内の繁華街でラン藻を採取するとともに、採取地の遠景・近景の写真、採取したラン藻の顕微鏡写真を撮影し、コンピューター上で編集し、インターネット閲覧用ソフトウェアを用いて閲覧できるようなソフトウェア「繁華街の藻類観察」を作成し、CDROMに収録した。トップページに現れる仙台市内の地図上で繁華街をクリックすると、指定した繁華街の風景が閲覧でき、開いた風景の中でラン藻が棲息していそうな場所をクリックするとその場所の近景が現れ、さらにその近景の中でラン藻を実際に採取した箇所をクリックすると採取されたラン藻の顕微鏡写真が現れるしくみである。ラン藻の生育している場所とラン藻の形態を学習し、「採集と観察の勘所」を把握することを目的として作成したものである。
 このソフトウエアを用いて、「水の中のミクロの宇宙」に参加した中学生、高校生にラン藻について学習させた。最初に指導者が繁華街を二カ所選んでバーチャル空間でのラン藻の採集を演じてみせると、操作の方法を把握し、15分程度で全員がいずれかの繁華街の画面からラン藻の画面までたどりつくことができた。
c 現実空間でのラン藻の採集
   仮想空間でのラン藻の採集の後で、一人一人にピンセットとシャーレを渡し、宮城教育大学構内でラン藻の採集をさせた。45分程度の採集で全員がラン藻を観察することができた。作成したCDROMがラン藻の採集に有効であることを示したものである。
 一方、糸状体を形成する緑藻であるミドロモの類をラン藻と間違える生徒も何人か見られた。ラン藻は、緑藻よりもやや青味がかかった緑をしていること、原核生物なので葉緑体が観察されないこと、ミドロモと比較すると明らかに小さいことなどを解説したところ、ラン藻を自ら探し出すことのできる生徒が増えた。
 今後緑藻など、ラン藻以外の藻類もCDROMに収録し、仮想空間でこれらの藻類をも比較観察することにより、ラン藻についてより正確に把握させることが必要である。
d 葉緑体の単離とラン藻との形態の比較
   ホウレンソウ葉緑体を分別遠心を用いて単離し(田幡憲一1987)、ラン藻(Anabaena variabilis NIES23)の細胞と比較させた。
 NIES23の細胞も、ホウレンソウ葉緑体も、直径5μm程度の球形である。これらの構造を比較させながら、再度ラン藻が葉緑体の起源となったことを解説した。
e ラン藻の光適応・・・探求の要素を入れて
   赤い色素は緑や赤の光を吸収し、緑色の色素は青色や赤色の光を吸収する性質がある。Tolypothrix tenuisは緑色の光を照射して培養すると赤みがかったフィコエリトリンを合成し細胞の色は褐色となる。一方、赤色の光りを照射して培養すると、青色のフィコシアニンを合成し、細胞の色は青みがかった緑色となる(Fujita, Y. and Hattori,A. 1960)。T. tenuis の細胞の色の変化は、培養光の性質を変えて1週間程度培養すると肉眼で容易に確認ができ、環境に対する生物の適応を学習する教材生物として適するものである(設楽未来 2000)。
 最後にT. tenuis(IAMM29)を用いて、ラン藻の環境に対する適応について、探求的に学習した。
 赤色のラインマーカーで記憶すべきところを塗りつぶし、緑色の透明なフィルムをかぶせると、塗りつぶしたところが黒くなり読めなくなる。この性質を利用した暗記を確認する文具、「ゼブラチェックシート」も販売されている。
 この現象を導入に、直視分光器を用いて色セロファンの色調と光の吸収の関係を確認した。次に、寒天培地で培養した細胞の色が緑色のIAMM29と、赤色のIAMM29を子どもたちに提示し、「同じ種類のラン藻を試験管内の寒天上に植え、試験管の外から光を照射したものである。どのような培養の方法をとったら、このように色の違うラン藻が培養できるか?」と発問した。同時に白色光で液体培地中で培養した赤色の細胞のIAMM29と試験管に入れた寒天培地を提示し、方法とそう考えた理由を尋ねた。
 15名の生徒のうち、「赤い細胞をつくるためには緑のセロファンを巻き、緑の細胞をつくるためには赤のセロファンを巻く。」と答えた生徒はいなかった。「赤い細胞をつくるためには通常に培養し、緑の細胞をつくるためには赤いセロファンを巻く」と答えた生徒は2名であった。最初に通常の方法で培養した赤色のIAMM29を観察させたこともあり、このふたりは私の意図した回答をしたと考えている。一方、「赤い細胞をつくるには普通に培養し、緑の細胞をつくるためにはサランラップを巻いて光を弱くする。」あるいは「赤い細胞をつくるには普通に培養し、緑の細胞をつくるためには水を入れる。」、「赤い細胞をつくるには普通に培養し、緑の細胞をつくるためには緑のセロファンを巻く。」などと答えた生徒が13名であった。多くの生徒は、この日に学習した色調と光の吸収、光の吸収と光合成の関係を結びつけて考えることができなかったようである。
 実際にIAMM29を寒天培地に植え継ぎ培養し、翌週その結果を確認させた。緑のセロファンを巻いた培地には赤い細胞が増殖し、赤いセロファンを巻いた培地には緑の細胞が増殖した。
 以上の指導からIAMM29を用いた光適応は生徒にも再現性よく確認させられることがわかった。一方、光吸収と色調や、光合成と光吸収などについての学習プログラムは、さらに検討することが必要である。

(2)11月12日の指導・・・ゾウリムシとDNA

・指導の流れ
 ゾウリムシをすでにどこかで聞いたり見たりしている子どもたちが多かった。それでもまず、この体長約1/5ミリの生き物を肉眼で見ることから始めた。次に解説を交えながらルーペ、顕微鏡観察へと進んだ。観察実験項目は以下の通りである。

a.単細胞の生きもの“ゾウリムシ”ってどんなもの?
  1)ゾウリムシはどこにいるか
2)どうして泳ぎまわれるのか
3)単細胞なのに口もある、お尻もある
4)ゾウリムシ雄と雌の区別は?
5)植物を体の中で栽培できるゾウリムシ
6)ゾウリムシは年をとる
 教科書によく出てくるゾウリムシでも、学校の先生ですらどこにいるのか知らない場合が多い。そこでどんなところに住んでいて、どのように見つけ、どのように採集し、そしてどのように増やすかを説明した。
 今回参加した多くの子どもたちは、教科書の絵のためか、ゾウリムシは草履のように扁平で、縁にそって繊毛が生えていると思っていたようである。しかし、操作電顕写真を見ることによって、束子のようであることにまず驚いていた。次に生きた細胞を観察しようとしたが、動きが速く、この問題の解決法を話しあった。子どもたちからの解決法は、粘性の高い液に入れて繊毛の運動を遅くするとか、繊毛を刈り取るとか、何か麻酔できないかというアイディアが出された。この後、昔の研究者たちも全く同じことを考えて、粘性の高い液としてメチルセルロース液が考案され、繊毛を刈る方法として薄いエチルアルコールによる方法が発明され、また、麻酔には塩化ニッケルを使用する方法が生まれたことを講義した。子どもたちは、専門の研究者でも自分たちと同じ発想で研究をしたことを知り、自分に自信をもったようである。
 ゾウリムシはたった1個の細胞でできているのに、口もあり、肛門もあり、そしてさらに雄と雌がいて、有性生殖まですることを知ると、単細胞生物=単純という概念が払拭されたように思う。
 ゾウリムシの実験としては、すでに一般的になっているポスターカラーを食べさせてカラフルな食胞を作らせる実験を行ったが、この作業も子どもたちには新鮮であったようである。
 この後、細胞の中にクロレラをもっているゾウリムシがいるとか、ゾウリムシは、人と同じように歳をとる、などと説明すると、さらに驚いていた。
 午後の前半は、核、染色体、DNAと遺伝に関わる実験観察を行った。具体的な内容は次の通りである。
b.細胞を研究するには核やDNA(遺伝子)を観察するにはどうするか。
  1)学校でもできる染色法
2)蛍光顕微鏡と蛍光色素を使った各の観察
3)遺伝子DNAを長さで見分ける方法
 まず、染色による核の観察から始めたのは、普段学校で習っている内容から入りたかったからである。つまり、最初に酢酸オルセインによる核の染色を行い、大核と小核があることを見てもらった。ただし、これらの核の機能の違いや核分化については、複雑になることから触れないようにした。
 次に、蛍光色素で核の観察を行った。真っ暗な視野に、夜空に星や月が輝くように、核が光って見えるさまは、たいへん幻想的であったと思う。ここではDAPIによる染色を取り入れた。時間の関係で多くの生徒がこの観察をできなかったのは残念である。
 最後に、ゾウリムシのDNAを抽出して、制限酵素で処理したものとゾウリムシ大核DNAのPCRプロダクトについてアガロースゲル電気泳動を行った。この実験によって長さの異なるDNAを分けることも体験できた。また、実際のDNA塩基配列解析装置を前に、遺伝子の解析がどのように行われているかの説明を行った。この部分も時間の関係で、一部はサポート学生による演示実験になってしまった。子どもたちはこの解析の原理を理解したとは思われないが、新聞・雑誌・テレビなどのニュースで聞くDNAという言葉が少しでも身近になってくれたのではないかと期待している。
 午後の後半は、細胞工学的な手法の体験を行った。具体的には、細胞に細いガラス針を刺して、オイルやDNAの微量注射を体験した。
c.遺伝子を小さな細胞に注射できるか。
  1)細胞に油を入れてみよう
2)染色体(遺伝子・DNA)を細胞に入れてみる
3)核もそっくり移植もできる
 子どもたち直接体験してもらったのは、細胞内に油滴を注射することである。指導者側でゾウリムシを顕微鏡下にセットし、注射できるまで準備しておき、子どもたちに油滴の注射をしてもらった。子どもたちは始めるとすぐに操作になれ、見事に油滴を注射した。細胞の中に大きな油滴を抱えて泳ぐさまは、低倍の顕微鏡でも簡単に見ることができ、注射に成功した子どもは特にたいへん満足したように思われた。
 この後で、核に遺伝子DNAを注射することができることを説明し、さらに、補助役の大学院生が細胞から細胞へ核のような大きな細胞内小器官の移植も可能であることを実験装置を操作しながら演示した。
 予定では、ゾウリムシの仲間には、細胞を切っても死なない強い生物がいることを示すために、アメーバや繊毛虫ブレファリスマを準備していたが、時間の少なかったことから、割愛した。全体の反省としては、内容的には2日間で行ってよい盛り沢山の内容になってしまったことである。

(3)11月19日の指導・・・刺胞動物の捕食行動

 第3回目は、刺胞動物(主にヒドラ)を実験材料に選んだ。前回までの2回(ラン藻とゾウリムシ)とは異なり、刺胞動物はれっきとした多細胞性の生物である。しかし、進化的には原始的な動物群であり、「反射」を組み合わせた比較的単純な行動を示すことしかできない。ただし、単純とはいえ、刺胞動物の捕食行動はダイナミックであり、子どもたちを十分に引きつけるものである。普段は見ることのできない水中で繰り広げられているドラマ---ヒドラと餌との格闘---を実際に見ることにより、まず何かを感じてもらいたいと考えた。その後、この捕食行動のメカニズムを実験的に解き明かしていくことにより、生物の奥の深さを感じてもらいたいと考えた。
 まず、OHPを用い、刺胞動物の仲間(ヒドラ、クラゲ、イソギンチャク、サンゴなど)を紹介した。次に、参加者1人につき1台の双眼実体顕微鏡を用意し、照明装置の使い方、焦点の合わせ方(およびズームアップの方法)、目の幅や視度の調節方法を簡単に説明した後、実際にシャーレ中のヒドラ(研究室でクローン化したエヒドラ(Pelmatohydra robusta)を使用---以下の実験で「ヒドラ」となっているのは全てこのクローン)を観察してもらった。うまく観察することができない参加者に対しては、実験補助の学生達が個別に指導に当たった。参加者全員がおよそ双眼実体顕微鏡の扱いに慣れた後、以下のa.〜e.の観察・実験を行った。

a.ヒドラの捕食行動の観察

b.「捕食行動=反射」であることを確かめる実験
c.ヒドラの刺胞の観察・・位相差顕微鏡と微分干渉顕微鏡による刺胞の観察
d.「ヒドラ=多細胞性」であることを確かめる実験
e.ヒドラ以外の刺胞動物の観察

 参加した中学生・高校生は、こちらが予想していた以上に積極的であった。例えば、上記のbの実験中に、『アルテミアの代わりにイトミミズを用いた「イトミミズ抽出液」にも同様の効果があるかもしれない』という話をしたところ、参加者の多くが『やってみたい!』という反応を示したため、急遽その実験を組み入れることにした。また、プログラム終了後に、参加者の何人かがヒドラやイソギンチャクを自宅で飼育することを希望したため、簡単な飼育法を教え、実際に持ち帰ってもらった。これらのことを含め、今回のプログラムを終えて、中学生・高校生は基本的には生物学に大きな興味を持っているということを再認識した。
 今回のプログラムの一部では、蛍光顕微鏡や位相差・微分干渉顕微鏡など、少々特殊な顕微鏡を用いた。しかし、これらの顕微鏡はすでに旧式になっている上、狭い研究室の中の、さらに狭い場所に配置されているため、このような機会に用いるには適していない。今後は、一般の参加者を宮教大に招いて実験を行う今回のような機会がますます増えていくと考えられる。どこか共通の部屋に、最新の顕微鏡を設置し、それに高画質のビデオカメラと大型のモニターを装着することができれば、参加者に『さすが大学!』と思われるような実験内容を組み込むことが可能になると考えている。

 
図1 「上端部ヒドラ」。エヒドラの口より少し下の部分を切断し、触手と口だけにしたもの。   図2 ミズクラゲのエフィラ。ストロビラから遊離してから1週間ほど経過したもの。

 

4.おわりに

 今回のプログラムに参加してくれた生徒たちは、フレンドシップ事業等、わたしたちが宮城教育大学でこれまで展開してきた事業に参加した者や、私たちの活動をよくご存知の先生方に勧められて参加した者が多かった。大学を地域に開いていく活動の蓄積の成果とも言えよう。
 期待を持って参加してくれた生徒たちが多かったせいか、授業中は熱心に集中力をとぎらすことなく観察、実験にとりくんでくれた。けれども、11月5日、12日、19日ののべ3日間の授業に参加することは、11月4日(土)から11月22日(水)までの19日間に、休みは11月10日(土)、ただ1日だけということを意味する。最終日に6名の生徒が休んだがうち、4名は前日夜半に修学旅行から帰宅したための疲労が理由であり、2名はカゼを引いたためであった。次回に企画をたてるときには、生徒たちの健康を考えた日程を組む必要があるだろう。
 中学生、高校生に大学の最先端の科学研究に触れさせることを目的として展開した事業であった。科学の最先端には様々な切り羽があり、私たちのような巨大な装置を使わない、いわば等身大の科学研究もまたその切り羽のひとつである。
 けれども、中学生、高校生にとっては最新型の科学研究のための装置に触れることが、最先端の科学に触れた実感をもっとも持ちやすいのも事実である。
 教育大学が地域に開き、未来の地球市民をはぐくむ役割を担うためには、このような機器を導入し子どもたちに触れさせていくこともまた必要なことである。
 本事業は、文部省より平成12年度科学研究費補助金研究成果公開発表B(実験実習形式)の配分を受けて実施したものである。

注1 ヒドラの捕食行動は、「触手に触れた餌に反応して、触手にある刺細胞から刺胞が発射される(この刺胞からの毒により、アルテミアなどの小型の餌は動きを失う)」、「触手の動きにより、餌が口付近まで運ばれる」「餌からの化学物質により、口が開けられる」、「触手の動きと口の動きにより、餌が胃の中へ押し込められていく」という一連の反射から成り立っている。小型の餌が効率よく捕食されていく様は、ヒトが物を食べる時に示す行動と同じように見える(と少なくともわたしたちは思っている)。大型の餌の場合の捕食行動も基本的には同じであるが、刺胞の攻撃により餌が動きを失わずにかえって暴れたり、また、餌を口の中に押し込めていくのに時間がかかったりするため、ヒドラと餌が「格闘」しているように見える。
注2  注1で述べたように、ヒドラの捕食行動は反射から成り立っており、基本的には他の体の部分がなくても進行する。「単離触手」は餌を刺胞で攻撃する。「上端部ヒドラ」は正常に餌を口に入れる(ただし、胃がないため、口を通り抜けた餌は体外に出てくる)。アルテミア抽出液を与えると、ヒドラは口を開き、餌を飲み込む時と同じような行動を示す。
注3  ヒドラの刺胞には、発射されると餌に突き刺さり、毒を注入するタイプ(貫通刺胞)、餌に付着するタイプ(粘着刺胞)、および餌に巻き付くタイプ(捲着刺胞)がある。最も大きな貫通刺胞でも、せいぜい10〜20μmの大きさしかない。
注4  ヒドラの場合、このような簡単な方法により(固定を行わずに)、DAPI染色を施すことができる。ヒドラは10万個程度の細胞から成り立っていると言われているが、DAPI染色し、紫外線照射を行うことにより、その細胞数に相当するだけの核が蛍光を発することになる。
注5  ヒドラを除くと、刺胞動物のほとんど全ては海に生息している。また、グリーンヒドラやサンゴのように、藻類が体内に共生している刺胞動物も珍しくない。

 

謝辞

 本事業を実施するにあたって、ご後援いただいた、宮城県教育委員会、仙台市教育委員会に感謝したい。 事業の準備や当日の実験補助に、仙台市立坪沼小学校教諭の赤木将也さん、宮城県黒川高等学校大郷校教諭の大石正芳さん、宮城教育大学大学院学生の岩滝仁範さん、伊藤順子さん、木村 直美さん、竹田典代さん、山田 貴之さん、宮城教育大学学生の白井美幸さん、多賀郁乃さん、戸村隆之さん、二瓶貴之さんが援助してくれた。感謝したい。
 宮城教育大学理科教育講座、宮城教育大学環境教育実践研究センターの教職員のみなさまには、実験室や機材を利用させていただいたことを感謝したい。

 

引用参考文献

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シアノバクテリア色素系の培養光波長への応答
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宮城教育大学理科教育講座 2000 平成11年度宮城教育大学フレンドシップ事業(理科)実施報告書
理数改善協会 1996 理数に関する関心調査報告書.

 

* 宮城教育大学教育学部理科教育講座
** 宮城教育大学教育学部附属環境教育実践研究センター

 

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