1、リード・スピーチ (和文要約)
〜APEC持続可能な都市のための環境教育シンポジウム〜
                                   
青木 守弘
  環境教育は家庭、学校、社会のいずれの場においても、年令や、発達段階に応じて行われることが大切である。 単に環境問題や自然保護を性急に訴えるだけでなく、その底流となる人類社会をとりまく自然生態や地球環境を理解することから始まり、これら人間・生物・地球の3者の間における相互関係を総合的に取り扱うことの必要性が指摘されてきた。 年令の行かない小さな児童にはまず、生活圏にある身近な自然物として、虫、花、草等の子どもの目線にあったところから入って、つぎの段階で虫と花の相互関係を学び、さらに進んで複雑なシステムからなる森や自然の姿の理解に進むことが求められる。 地球温暖化や酸性雨など地球規模で複雑な要因が複合した今日的課題をいきなり並列的に取り扱うことが起こりがちであるが、あまりにも性急に進めるあまり、結局のところ教え込みの強制となって、知識偏重の従来型教育の再演になるおそれがある。 環境教育が従来の○×選択式授業を悪玉・善玉論に変えることでは、むろん環境教育の意図することろではない。 地球自然そのものはまさしく閉鎖系として有限のものであり、地球表層環境で営まれている物質の循環系である。地球という循環系からみれば、大規模な都市は、人間の集中、そして都市生活を維持するための、生産・消費・廃棄といった人間の営力が集中する極めて特異的な存在であることを知る必要がある。 自然界のシステムに維持されていたさまざまな平衡関係をこわす原因となったものは、都市に興る近代産業技術の発展であり、また、資源エネルギーを集中消費して拡大の一途をとる生産基地としての都市である。 環境負荷低減、自然との共生、アメニティをうたったとしても、都市機能の持続そのものが自然環境に大きな負荷を与えるものだということを知っておく必要がある。 都市型環境問題は都市の生活と生産活動を維持するための原材料資源の確保と集約型農業そのものが環境問題を引き起こしているわけで、環境負荷の低い都市の形成に必要なことは単なるリサイクルやリユースといった生産・消費・廃棄の一連の過程における末端部分 の取組ではなく、ゴミとなるような不必要なものは市場に流通させないといった原則を確立させなければならない。 都市機能を維持するための生産活動のいわば動脈に相当する経路の段階から、環境負荷低減を図る行政施策が求められるべきであろう。 そうした変革に市民の価値観やライフスタイルの転換に向けてこそ市民教育が必要であり、とくに学校教育においては環境教育が単なる運動ではなく、しっかりとした基礎教科の学習を通して、科学的な根拠に基づいた学習活動として展開されることが必要である。 従って、既存教科についてもさらなる内容の精選と現代化が求められなければならない。