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研究報告

丘陵地の地形を活用した環境教育教材開発の試み
―宮城県北西部、花山少年自然の家付近を例に―

西城 潔*

要旨:宮城県花山村にある花山少年自然の家では、「ネイチャーアクテイブゾーン」と題した自然体験構想が進められている。本構想での活用を想定して、同自然の家付近にみられる地形およびそれに関連する現象の、環境教育教材化の可能性を検討した。対象地域は、脊梁山地と中央低地帯という異なる2つの地形帯の境界付近に位置する丘陵地である。丘陵上につけられた遊歩道からの観察は、地図の読図作業と並行して行うことにより、マクロなスケールでの地形理解に資するであろう。地すべり活動の産物である急崖・小丘・凹地といった微地形は変化に富んだ景観を作り出しており、特に急崖(滑落崖)やそこからもたらされた巨大な転石、凹地内にみられる沼などは、視覚的効果や地形的意味のとらえ易さなどの点で、良い教材となり得る。これらの地形を成因的に理解することは、初等中等教育のレベルではかなり困難であるが、地学的現象に関する体験学習の場としてとらえた場合、花山少年自然の家周辺の丘陵地はさまざまな可能性を秘めている。

キーワード:地形、丘陵地、地すべり、花山少年自然の家、体験学習、環境教育

 

1.はじめに

 宮城県北西部の花山村にある国立花山少年自然の家では、現在、「ネイチャーアクテイブゾーン」という自然体験構想が進められている。花山少年自然の家周辺の自然環境を活用し、理科および環境教育における体験学習の場を提供することをねらいとしたプロジェクトである。構想は1999(平成11)年度にスタートし、数度の自然環境調査および検討会を重ねて、2001(平成13)年度には本格的にその活用が始まろうとしている。
 著者は、地学分野の設定委員として当初から本構想の立案に携わってきた。本稿ではその経験をもとに、花山少年自然の家周辺の地形的特徴とその環境教育教材としての可能性、教材化にあたっての問題点・課題について述べてみたい。

 

2. 花山少年自然の家周辺の地形概要

 花山少年自然の家および「ネイチャーアクテイブゾーン設定地域」は、宮城県の北西部、脊梁山地帯東端の丘陵地上に位置する(図1)。この丘陵地の標高はおおよそ300〜500m程度、地質的には新第三紀中新世の凝灰岩・安山岩および更新世前〜中期に噴出した火砕流などで構成されている(田村・宮城,1983;田村,1990)。
 より細かくみると、花山少年自然の家は、御駒山(519.7m)の西側斜面、標高310m付近に位置する(図2)。ここから標高320m前後の尾根線(図3の「頂部斜面」)が屈曲しながらほぼ南西方向へ連続する。この尾根線は自然の家から600mほど離れた地点で向きを変え、南南東へと伸びている。以上の範囲にみられる地形の特徴およびその成因については、別稿(西城,2001)で論じたので、ここではその概要を述べるにとどめる。
 図2の等高線から明らかな通り、上記の南南東へ伸びる尾根線を挟んで、両側の斜面は非対称山稜状を呈している。東側は傾斜20数度の比較的急な斜面で構成されるのに対し、西側は平均傾斜約14度未満の緩斜面である。図3は1992年撮影の2万5千分の1空中写真を判読して作成した地形学図である。図化した範囲の大部分を占める尾根線の西側斜面は、主に小丘や急崖、それらに囲まれた凹地などの微地形で構成され、小さな起伏に富んでいる。またこれらの微地形の存在により、水系が不明瞭となっている。これらの微地形は、その形状や配列状態から地すべり地形と考えられる。頂部斜面南西側に連続する急崖は地すべり活動による滑落崖であり、その下方に分布する小丘や凹地群は、地すべり地を構成する基本単位地形(木全・宮城,1985)とみなされる。点在する小さな池沼群は、このような凹地の底に水が溜まって形成されたものである。

 
図1.ネイチャーアクティブゾーン設定地域の地形的位置
(田村、1990を一部改変)
I:脊梁山地帯 II:中央低地帯(丘陵地帯を含む)
III:北上・阿武隈高地帯
  図2.花山少年自然の家付近の地形
数値地図25000「新庄」(国土地理院発行)をもとに作成
 
図3.花山少年自然の家付近の地形学図

 

3.環境教育教材としての可能性

 上記のような特徴を有する花山少年自然の家周辺の地形は、環境教育においてどのような教材として活用していくことができるだろうか。以下、図2に示した遊歩道の周辺で観察される地形、およびそれに関連する現象の概略を述べつつ、それらが環境教育教材としてもつ可能性について考えてみたい。
 図2に示した遊歩道は、少年自然の家から伸びる尾根線を地点1まで辿り、そこから上記地すべり地形内を横切ってキャンプ場に至る遊歩道である。地形学的には、自然の家から地点1までが頂部斜面上、地点1からキャンプ場までが地すべり地形に相当する。ここでは便宜上、頂部斜面部分を「遊歩道上部」、地すべり地形内の区間を「遊歩道下部」と呼び分けることにする。
 「遊歩道上部」は地形的には尾根上を通っているが、コナラ・アカマツを主とする二次林に覆われ、必ずしも良好な眺望を期待できるコースではない。しかし場所または季節を選べば、樹間から遠方の地形を望むことはできる。実際に視界に入る景観のみから脊梁山地と中央低地の地形的コントラストを実感することは難しいかもしれないが、小縮尺(20万分の1以下)の地図を併用するなどの作業を通して、図1程度のややマクロなスケールでの、本地域の地形的位置の理解が可能となろう。
 地点1で尾根線を外れて西方へ下り、大沼を経由してキャンプ場に至るまでの区間が「遊歩道下部」である。地点1から大沼に至る部分は、比高約30m、傾斜30度以上の急斜面となっている。地すべりによる滑落崖部分である。ここには基岩(固結した軽石凝灰岩)からなる崖が露出しており、この付近の丘陵が軽石凝灰岩で構成されていることを確認できる。この急斜面の下には、こんもりとした小丘や、小丘と滑落崖とで挟まれた凹地がみられる。また軽石凝灰岩の巨礫(転石)も散在している。同様の微地形や転石は、北西−南東方向に連なる急崖(滑落崖)とその直下、大沼からキャンプ場に至るコース沿いに共通して認められる。「遊歩道下部」はほとんど全域を森林に覆われているため、あまり展望は効かないが、こうした微地形の存在により、地形景観的には変化に富んだ場所となっている。
 上記の通り、小丘や凹地といった微地形は、地すべり活動に起源をもつ。これらの地形は、その存在に気付くこと自体、地形の専門家以外の人にはかなり困難なことと思われるので、ましてやそれらについての成因的理解を求めることは、初等中等教育のレベルではほとんど不可能と言っていい。
 ただし急崖やその直下に散在する転石を利用して、現在起こっている地形変化(岩石の崩落)の一端を理解させる程度のことは可能であろう。基岩の露出する崖や巨大な転石群は、地形観察の経験をほとんどもたない人にとっても目を引く存在である。特に、図2の遊歩道をやや外れることになるが、大沼・小沼の中間に位置する地点2では、植林された杉が転石によってなぎ倒されている、生々しい落石の痕跡を観察することができる(図4)。背後には巨礫の給源となった急崖が30mもの高さで聳え立っている。急崖においてしばしば巨大な落石が生じていることを示す格好の教材といえよう。こうした観察を通して、一見動的ではない地形が、実は徐々に変化しているものであることを実感するのは、そう難しいことではあるまい。また急崖部に露出する基岩と転石とが同種の岩石であることを確認してみたり、転石の分布を調べて地図に記入してみるといった試みも、この場所の地形景観への理解を促すのに有効ではなかろうか。
 なお「遊歩道下部」にみられるような小丘や凹地といった微地形は、上述の通り、その存在を認識すること自体、あまり容易ではない。しかし凹地底にしばしば形成されている沼に注目すれば、そうした景観的特徴から微地形に対する認識を喚起することは可能かもしれない。言うまでもなく、沼ができるには水が溜まるための凹地が必要である。すなわち沼はそれ自体が地表面の形態的特徴の表現でもあり、他の自然現象に比べて見過ごされがちな地形に目を向ける、ひとつのきっかけとなり得るであろう。また凹地に沼ができ、そこに沼特有の生物活動が展開しているという地形−水−生物の密接な関係に気付くことができれば、自然環境の仕組みを総合的にとらえる眼も養われてくるのではないだろうか。

図4.地点2にみられる巨大な礫
右下に見られる枯死した杉は、礫の崩落によってなぎ倒されたとみられる

 

4.おわりに

 以上、花山少年自然の家からキャンプ場に到る遊歩道沿いでの地形やそれに関連する現象について、環境教育教材としての可能性を検討してきた。しかし、かなりの希望的観測を込めて述べた以上の目論みが、教育実践の場においてどれほどの実現性をもつかは不明である。その点に関する評価は、ネイチャーアクテイブゾーンにもとづくプログラムが実際に活用されていく過程での検証に委ねることとしたいが、少なくとも対象として小中学生を想定した場合、かなり高度な内容であることは間違いない。小中学校段階の基礎知識を前提とするならば、前節で述べたようなレベルで地形を理解することは不可能に近いからである。したがって本稿で述べてきた教材化の可能性は、指導する立場の人間が把握しておくべき内容と位置付けておくのが妥当かもしれない。指導者が実際に小中学生を連れて現地を歩く場合には、いくつかある可能性のうちから、状況に応じて使えそうな題材を提供するというのが現実的ではなかろうか。結果的に、本地域の地形やその成り立ちについて子供達に充分理解させるに到らなかったとしても、そのこと自体は問題ではない。重要なのは、地学的現象を目の当たりにする機会を子供達に与え、その面白さの一端を少しでも実感させることであろう。そういった意味において本稿で紹介した事例は、充分初等中等教育レベルでの環境教育教材になり得るものと確信する。
 地形に限らず地学的現象は、一般に生物活動などと比べてわかりにくく、興味関心を惹きにくいものであることは否めない。しかしそれだけに体験的にその面白さに触れることは重要な意味をもつし、人によってはそうした体験が強烈な印象となって残ることもある。微力ながらネイチャーアクテイブゾーンの設定に携わった者の一人として、そのような体験を味わう子供が一人でも多く現れてくれることを願いたい。

 

謝 辞

 本稿をまとめるにあたり、高崎 晞所長、沖永哲哉事業課長、佐藤 寛主任専門職員を始めとする国立花山少年自然の家の皆様にはたいへんお世話になった。厚くお礼申し上げます。ネイチャーアクテイブゾーン設定委員である宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団の柴崎 徹博士、仙台大学の宍戸 勇教授、宮城昆虫地理研究会代表の高橋雄一氏には、現地踏査や検討会の場で多くのご教示を賜った。また現地調査補助をお願いした宮城教育大学の上村 香、加藤拓己、高橋晃弘の学生諸君にも感謝いたします。

 

引用文献

木全令子・宮城豊彦(1985):地すべり地を構成する基本単位地形.地すべり,21‐4,1‐9.
西城 潔(2001):花山少年自然の家周辺の地形.国立花山少年自然の家研究紀要「しゃくなげ」15-3,65-73.
田村俊和・宮城豊彦(1983):栗駒国定公園の地形及び地質.栗駒国定公園及び県立自然公園旭山学術調査報告書,宮城県,1‐15.
田村俊和(1990):御嶽山県自然環境保全地域の地形・地質.国指定天然記念物「花山村のアズマシャクナゲ自生北限地帯」調査報告書.4‐14.

 

* 宮城教育大学教育学部社会科教育講座

 

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