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活動報告

プロジェクト研究『宮城県の地域自然を生かしたフィールド
ミュージアムづくり(その1)−仙台北方丘陵の里山−』報告

川村寿郎*・平吹喜彦*・西城 潔**

要旨:環境教育実践研究センターの構想するフィールドミュージアムづくりの一つとして、仙台北方の富谷丘陵・松島丘陵を取りあげて、その自然環境や社会環境について研究した。この地域は宮城県でも最大の丘陵地であり、豊かな自然が残されている一方で、急速に土地利用形態が変化し改変が進んでいる。プロジェクト研究のねらい、「里山」をキーワードにした景観・地質・地形・植生などの各自然環境要素や土地利用変遷などの社会環境に関する基礎的研究、およびそれを基にした教育実践活動などについて、3年間の研究の概要を報告する。

キーワード:地域自然、フィールドミュージアム、里山、丘陵、景観、植生、地質、土地改変

 

1.はじめに

 宮城県は、西の奥羽山脈をなす分水界の山々から、丘陵、平野を経て、東の太平洋に面する海岸までを含んでいる。平野には、北上川・阿武隈川をはじめ多くの川が流れるとともに沼地も多く点在し、水田が拡がっている。太平洋岸には北上山地・阿武隈山地の山並みがあり、北東部では入り江の多い海岸線を呈している。季節風や海流が一年周期で変化して明瞭な四季をもたらし、それを反映して山々や丘陵には、落葉広葉樹を中心とした森や林が拡がり、高さに応じて植生が移り変わっている。このように、宮城県には実に様々な自然がみられ、その自然の中で生きる人々の営みも加わって、さらに多様な風土をつくり出してきた。
 本プロジェクトは、宮城県内各地にみられる様々な自然を取りあげて、それを題材とした研究成果を集約しながら公開して、学校授業や生涯学習などにおける環境教育の展開に資することを目的としている。そのために、各地域の自然環境の特性について、社会環境や生活環境をも含めながら、自然要素の仕組みやつながり、あるいは人々との関わりについて科学的に明らかにし、教育題材としての適性を吟味する。その上で、現地で教育実践を行いながら、その素材、手法、効果などについて具体的に検討することをおもな研究内容としている。
 環境教育実践研究センターが進めるフィールドミュージアム構想の一つとして、本プロジェクトでは、宮城県内の多様な地域自然の中から、仙台北方の丘陵地域(富谷丘陵・松島丘陵西部)に残る里山とその周辺の環境を選定した。その理由は、1)この地域が宮城県中央部に横たわる広大な丘陵地帯であり、県内の丘陵を代表すること、2)丘陵内には、最近とりわけ注目を集めている里山が少ないながらも散在すること、3)仙台圏内として、近年急速に土地の改変が進んでおり、人工環境の変化が顕著であること、4)丘陵の土地利用には、自然環境の保全ばかりでなく上水の取水、ゴミ最終処分などの多面的な環境教育素材が内包されていること、などの点で、全国的にもきわめて注目される地域といえるからである。また、プロジェクトの参加者各自にそれまでの研究の蓄積があり、それが環境教育の題材として活用可能なことも背景にある。

 

2.プロジェクトの概要

 本プロジェクトで対象とする仙台北方の丘陵とは富谷丘陵と松島丘陵の西部であり、七北田川と吉田川にはさまれた、標高60〜150mのなだらか丘頂面がつづく地域である。この地域は、西の奥羽山脈にある船形山・泉ヶ岳の山麓から続く丘陵地であり、北隣の大衡・三本木・鹿島台や東の旭山・須江などの丘陵群とともに、仙台平野を南北に大きく二分する高まりとなっている。しかし、それはまた、奥羽山脈と北上山地の森林をつなぐ林=“緑の回廊”であり、そこを移動する多くの動物たちの“通り道”ともなってきた。一方、丘陵内の林のほとんどは、古くから薪炭などに利用された二次林であり、谷地に開かれた水田とその上のため池などと一体となって、日本の原風景とも言える里山景観をつくり出してきた。ところが、近年の産業構造の変化と仙台圏での人口増加に伴って、この里山景観は次第に失われようとしており、かわって、大規模な地形の改変による宅地造成が全国的にみてもまれな速さで進んでいる。また、仙台の都市化を背景にして、ゴルフ場の建設、建材用の山砂採取、そして産業廃棄物の処理といった土地の利用形態が、年々変化しているところでもある。
 今回は、便宜上、南北を七北田川と吉田川、東側を味明川(吉田川支流)−松島有料道路、西側を宮床川(吉田川支流)−要害川(七北田川支流)でほぼ区切られる範囲とする東西約20km、南北約12kmを研究対象としている(図1)。行政区画の上では、仙台市泉区・富谷町・大和町・大郷町・利府町にまたがっている。なお、この範囲には現在、丘陵南西部の仙台市泉区や富谷町を中心に、42の小中学校が立地する。
 本プロジェクトの研究は、大きく3つの柱から成り立っている。一つは、丘陵の自然環境や社会環境の各要素に関する調査と分析、関連資料の収集、記録といった基礎的研究であり、生態学、地質学、地理学、社会学などの各分野において、現地でのフィールドワークを重視した科学的な調査研究を行うことである。ひとくちに「丘陵」や「里山」と言っても、その自然環境はそれぞれ個性があり、その特徴をまず把握することが基礎研究の最初である。すなわち、地方によって気候は大きく異なるとともに、地下地質は一つの丘陵の中でさえさまざまな地層や岩石から構成されており、それらが里山景観を特徴づける地形や植生あるいは土地利用に強く反映している。また、里山としての植生や地形は、潜在的な自然植生や原地形とそれを利用してきた人々の関わり方の程度と歴史によって変わる。そこでまず、対象とする富谷丘陵・松島丘陵の自然環境の特性や特質を明らかにすることをめざした。
 二つめは、各分野で得られた成果を総合しながら、さまざまな環境要素を関連づけるとともに、研究対象地域全体をフィールドミュージアムとして、研究成果を積極的に公開してゆくことである。同時に、それを教育的な視点から、学校現場で教材として実際に利用可能な形で提供できるように加工・整理することである。今回は、フィールドミュージアムの内容として、特に丘陵に残る里山を全体的なテーマとして位置づけた。なぜならば、それが丘陵の自然環境を代表するものであり、さまざまな社会環境や生活環境の変化が映し出されているからであり、これからの環境保全や生活意識などを考える上で、少なからず示唆に富んでいるからである。こうした里山の環境は、最近特に注目を集めているが、宮城県あるいは東北地方全体ではその重要性に対する認識がまだ浅いようにみえる。実際、最近のインターネットホームページの検索でみても、宮城県あるいは東北地方での里山関連の開設は、他の地方に比べると数少ない。そのため、地域の身近な自然でもある里山をキーワードにして、その自然と周囲の丘陵全体の環境を取りあげて、学校での環境教育や生涯学習の場で展開できるような下地づくりをおこなうことを念頭においた。
 三つめは、蓄積された研究成果を題材として、実際に現地において教育実践を行うことである。そして、実践結果から得られた教育的な効果や問題点について整理し、場所や手法などについて検討し直して、さらに精練された素材選びや学習プログラム作りを行うことである。里山に関連した環境学習は、すでに関東以西でさまざまな取り組みがなされており、その中からすぐれたプログラムや類似した場所を選ぶことも可能であるが、前述のように里山にはそれぞれ特性があるため、できる限りそれを反映した内容が望ましいと考えられる。特に仙台北方丘陵では、里山の残存と平行するように急速な土地改変や廃棄物処理が進んでいるのが現状であり、両者を合わせながら丘陵全体の環境とその背景などを考えることが望ましい。そこで、こうした現状をふまえた教育実践を行いながら、その妥当性を評価することを試みた。

 
図1 研究対象地域(太枠内)。国土地理院発行20万分の1地勢図「仙台」および「石巻」を使用。   図2 里山景観の例。仙台市泉区根白石東方にて。

 

3.基礎的研究

(1)景観について

 丘陵そのものの景観として、未だ残存している里山としての景観を中心に、以下の記録作業を行った。
(1)富谷丘陵・松島丘陵の丘頂面を現地で確認するとともに、改変の少ない地区の景観を写真撮影した。
(2)旧来の里山景観を残すとみられる広葉樹の分布を地形図から抽出後、現地視察をして植生や生息する生物および人手の入り方などの状況を確認した。
(3)優れた里山景観を残しているいくつかの地区で、時期を変えながら写真撮影した(例えば、図2)。
 これらの記録については、まだ収集が不十分ながら、丘陵の自然環境を端的に示す資料であり、大学や小中学校での環境教育を実践してゆく上で里山景観の紹介として活用してゆく。

(2)地質について

 富谷丘陵・松島丘陵の景観を特徴づける地形の形成には、第四紀における高位段丘の開析に加えて、地下の地質構造も重要な要因とされている。また、後述する土地利用の形態には、地質特性が強く影響している。そのため、この丘陵域の自然環境の基盤をなす地質の分布や特性を把握するために、以下の作業を行った。
(1)富谷丘陵および松島丘陵の地形と地質について資料を収集した。地形図・土地利用図(国土地理院発行)、1万分の1地形図(富谷町・大郷町発行)、空中写真(一部)、5万分の1地質図幅『仙台』・『松島』・『吉岡』などについて照合した。
(2)地質図幅に示される層序区分境界や地質構造、および各層の岩相と分布を現地で計測・観察しながら確認した。
(3)富谷−松島丘陵の地質を特徴づける中新世砂岩層について、堆積相の観点から層序を細分した。
(4)上記(3)で細分した各層序単位について、砂粒の鉱物組成を検討した。
(5)(3)と(4)とをふまえて、岩相と岩盤特性について現地で調査するとともに、代表的な部分を写真撮影した。
 富谷丘陵〜松島丘陵西部の地質は、下位より、中新世後期の番ヶ森山層\青麻層\七北田層、および鮮新世後期の宮床凝灰岩層に層序区分されている。これらの地層は全体としてほぼ水平ないし東北東−西南西の走向で分布しており、これが丘陵の地形や後述する土地利用に強く反映されている。堆積層序の細分の結果、丘陵の多くを占める番ヶ森山層・青麻層・七北田層は24の堆積相に区分され(図3)、特に番ヶ森山層上部〜青麻層は潮流堆積物の特徴を示す。潮流がつくったとみられる大規模斜交層理は日本有数の規模であり、地学教材としても重要である。また、砂粒の鉱物組成は、番ヶ森山層では軽石片・酸性火山岩片・斜長石が多く、青麻層では軽石片で大部分占められるものと石英・斜長石・軽石片の多いものに二分される。これらの堆積相や砂粒組成の特徴は、採取されている山砂の土質の違いとともに岩盤特性の違いももたらしている。とくに青麻層と七北田層の岩相と岩盤特性(特に固結度)の違いは、防災上の観点からも重要とみられ、今後の宅地開発が丘陵中心部へ拡大することを制約してゆく可能性がある。

図3 富谷丘陵〜松島丘陵における上部中新統の堆積相区分図。
(3)里山の植生

 植生地理学的にみて、仙台都市圏を囲む丘陵地は、日本を代表する二つの植生帯である常緑広葉樹林帯と落葉広葉樹林帯が相接する領域に位置する。それゆえこの地域には、暖温帯と冷温帯、そして推移帯を特徴づける植物種が生活し、高い生育形多様性、種多様性を有する植生の存在が想定されている。生態系の基盤の一つでもある植生のこうしたあり方は、動物や景観の多様性ばかりでなく我々人間の生活をも支え、さらには豊かな感性を育んできているに違いないが、その実体は未だ明らかとなってはいない。こうした視点から、丘陵地における植生構造の解明に取り組んだ。
(1)仙台都市圏近郊の茂庭−白沢・青葉山・七北田・富谷・大郷・松島などの丘陵地を巡って、植生や立地の現況を視察した。
(2)丘陵地間で植生構造の比較を行うための調査手法を開発した。
(3)自然な植生が広い面積で残存し、東西軸上に位置する仙台市青葉区蕃山、仙台市泉区丸田沢、利府町菅谷、大郷町東成田、多賀城市市川の5か所を調査重点地区と設定した上で、各地区で植物社会学的な植生調査を行い、植物群落を識別した。
(4)大郷町東成田地区において、集水域を囲むように残存する温帯混交林を対象として、毎木調査と微地形測量を行い、個体群動態に基づく動態解析を行った。
 奥羽山脈の山麓から松島湾に連なる丘陵地では、気候、地形、地質といった自然特性が東西軸に沿って並行的に変化していることから、植生学的にみて十分興味深い地域であると判断される。重点地区での調査から、植物群落の種組成・階層構造上の特性、地区内における分布状況や占有面積、主な成立要因としての立地や人為との係わりなどについて、その概要が明らかとなった。特に、大郷町東成田地区では、低海抜・砂岩タイプの丘陵地を特徴づける里山植生および温帯混交林の存在が明らかとなった(図4)。

図4 大郷町東成田地区の谷奥景観(a)と原生的な温帯混交林(b)のようす。
(4)土地利用の変化
 富谷丘陵を中心とした仙台北方の丘陵地域が、かつての里山から現在までどのような土地利用の推移をたどったのかを知るために、以下の作業を行った。
(1)1950年代の国土地理院発行2.5万分の1地形図(『仙台西北部』・『仙台東北部』・『根白石』『富谷』・『松島』)をもとに、大規模に改変される以前の丘陵の地形や森林、水系(ため池含む)、および土地利用図を作成した。
(2)1960年代、1970年代、1980年代前半、1980年代後半、1990年代前半、現在の各年代の地形図(複写版)を入手し、各年代の 12項目(針葉樹林、ため池、水田、畑地、牧場・牧草地、ゴルフ場、荒地、山砂採取場、廃棄物処分場、造成地、住宅密集地、道路)の土地利用状況について、その分布図を作成した。
(3)土地利用の項目ごとに、各年代の分布を比較した。
(4)現在の土地利用分布図から、(2)の各項目の土地利用形態が明瞭な地区を抽出して現地調査を行い、その状況を写真撮影した(例えば、図5・図6)。
 以上の作業を通して、1950年代以後の土地利用の推移について、その全体像が明らかとなった(図7)。すなわち、1950年代に丘陵全域で里山景観を呈していたであろう広葉樹(二次林)が、1950〜1960年代には植樹による針葉樹に替わって、そのパッチが増加する。また、水田や牧草地としての利用も増える。1970年代になると、大規模な造成地が南西部にあらわれるとともに、丘陵中央部に荒地や山砂採取場が散在するようになる。1980年代前半以後、造成地は住宅密集地に変わるとともに、丘陵の西部〜南部の広葉樹、針葉樹、牧場が造成地に変わる。また、1980年代前半〜1990年代前半では、丘頂面にゴルフ場の数が増えてゆき、丘陵の南東部では砂採取場が廃棄物最終処分場などに変わっている。こうした推移の背景には、各年代における産業構造や人口構成などの社会環境、あるいは居住設備・交通手段などの生活環境が大きく変化したことがうかがえる。さらに、土地利用の分布は、地形(例えば、丘頂面での牧場やゴルフ場など)と地質の分布(丘陵中央部〜東部の砂岩層での山砂採取場や丘陵南部の固結岩層での住宅地など)に強く関連するとともに、土地利用の推移の中には、広葉樹→牧草地→山砂採取場→廃棄物処分場など、いくつかの変遷パターンが認められる。

 
図5 産業廃棄物処分場のようす。富谷町石積にて。   図6 土地改変のようす。仙台市泉区泉インターチェンジ付近にて。
 
図7 研究対象地域における1950年代以後の土地利用形態の変遷を示す概念図。矢印は変化をあらわす。
(5)地形の改変

 富谷丘陵東部を例に、過去約30年間に行われた宅地開発に伴う、地形改変規模および造成後の土地利用形態について検討した。
(1)地形改変の規模は、開発前後での起伏量変化、切土及び盛土量、総開発面積に対する地形改変部面積比、平均表層撹乱深などの指標をもとに評価した。
(2)造成後の土地利用形態について、切土部・盛土部面積それぞれに対する住宅地面積比からその特徴を検討した。
 検討の結果、地形改変規模には特に経年的変化がみられないのに対し、造成後の土地利用形態に関しては、1970年代半ばを境に、その前後でやや異なる傾向が認められた。1966〜1972年にかけて開発がなされた宅地では、盛土部の約74%が住宅地として利用されている。しかし1979年以後に造成された宅地の場合、盛土部に対する住宅地面積比は52%に過ぎない。切土部面積に対する住宅地面積比についても、1972年以前の72%に対し1979年以後が58%と、住宅地面積比の減少が認められるものの、盛土部におけるほど傾向は顕著ではない。つまり1970年代末以降に開発された宅地では、特に盛土部分において、住宅地以外の土地利用形態(公園・運動施設・空地など)が増加している。
 このような1970年代半ばを境とする、造成後の土地利用形態の変化は、1978年の宮城県沖地震の教訓が反映されているとは考えられないだろうか。この地震により、仙台周辺の丘陵地に造成された宅地は大きな被害を受けた。また被害は、造成に際して行われた地形改変の様式と深く関係していたこと、特に盛土部や切土・盛土境界部付近に被害が集中していたことが、その後の調査で明らかにされている。1979年以後に開発された宅地において盛土部の住宅地面積比が小さいのは、潜在的危険度の高い場所をなるべく避けて住宅を建設しようという、土地利用上の工夫の現われではないだろうか。ただし地形変化の規模から判断する限り、地震被害による教訓は、宅地造成の様式そのものを変化させるまでには到らなかったようである。

 

4.教育実践

(1)公開講座

 基礎的研究の成果を積極的に公開する趣旨から、市民一般を対象とした公開講座を平成10年度と平成11年度の2回、以下のとおり行った。
平成10年度公開講座(『地域自然の野外科学−大郷町の里山の自然を訪ねて−』)は、平成10年8月21・22日の2日間、大郷町文化会館および大郷町南部(一部大和町)一帯の丘陵地を中心にして実施された(参加者11名)。講座のねらいは、大郷町の丘陵の自然環境について、その成り立ちやしくみについて理解を深めることにある。初日は、川村が大郷町一帯の丘陵地の地質とその成り立ちを解説した。また、大郷町の風土や歴史について、講師を大郷町商工観光課佐藤義幸氏に依頼し、解説していただいた。現地では、町内の別所、板谷、十文字、愛宕山、および近隣の大和町大平の各地区において、丘陵の地質を特徴づける中新世の砂岩層を下位層から順に見て回り、大規模な斜交層理の発達、二枚貝や脊椎骨などの化石、砂岩地盤の特性や利用などについて、フィールドワークを交えながら観察した。二日目には、平吹が大郷町周辺の丘陵にかつて広がっていた里山景観とその潜在的植生の特性について解説した。その後、町内板谷地区において、宮城県の自然環境保全地域指定となった植生について、遊歩道を歩きながらその分布や森林構造の特徴について観察した。
 平成11年度公開講座(『地域自然の野外科学−富谷町の里山の自然を訪ねて−』)は、平成11年10月23日・30日の2週にわたる2日間、富谷町大亀山森林公園および富谷町南東部(一部仙台市泉区)を中心にして実施された(参加者17名)(図8)。講座のねらいは、前年度同様に、富谷丘陵の自然環境の成り立ちやしくみについて理解を深めることにあるが、さらに、急速に変化しつつある丘陵里山の環境について認識することも加えた。23日は平吹が、丘陵里山の植生についての基本的なみかたを紹介した後、大亀山森林公園周辺で二次林の植生を観察した。その際、かつて人の手が加わった二次林から現在みられるような森林への植生の移り変わりやその背景についても解説した。30日は川村が、富谷丘陵の自然史として地質の特徴とそのなりたち、および近年の土地利用の変化について解説した。現地では、中新世の砂岩層の特徴、地盤の特性、および大規模に改変が進む丘陵の景観について観察した。

図8 平成11年度公開講座における植生の観察(a)と地質の観察(b)のようす。
(2)自然史セミナー

 理科教育講座では、おもに理科教育専攻および自然環境専攻の学部学生(一部大学院学生)を対象とした合宿研修(『自然史セミナー』)を毎年度開催しているが、平成9年度〜11年度には富谷〜松島丘陵での現地視察を行った。これは、学内の授業のみでは把握しきれない地域の多様な自然環境について、実際にその現地で観察を行うことによって理解を深めるという目的がある。すでに基礎的研究で蓄積されていた資料をもとにして、丘陵の里山景観や植生、地質や地盤特性、および土地利用などについて認識を深めた。3ヶ年の実施で視察を行った地点およびその内容は以下の通りである。

富谷町大亀山森林公園:高台から遠望して、周囲の丘陵の全体的な景観や土地利用の変化などを把握した。特に年々進む宅地造成について注目した。
大和町鶴巣太田:付近の山砂採取場で、丘陵をなす中新世砂岩層の特徴を把握するとともに、森林→牧場→砂取場という土地利用の変化を認識した。
大郷町十文字:付近の山砂採取場で、中新世砂岩層を観察するとともに、牧場としての土地利用を認識した。
大郷町東成田:板谷地区において、自然環境が保全された里山の景観や植生について観察した。
大和町小鶴沢:周辺の山砂採取場跡や廃棄物処分場で砂岩層を観察するとともに、かつての里山から現在の産業廃棄物最終処分場までの土地利用と今後の方向について参加者で議論した。

(3)大学授業への導入

 平成9年度〜11年度の生涯教育総合課程自然環境コース共通科目『地域自然誌』(川村・平吹担当)の中で、仙台周辺地域の自然環境として、富谷・松島・七北田丘陵の地形・地質・植生の概略的な特徴を解説した。その際、基礎的研究資料の一部を使用した。
 また、地域外ではあるが、同様の景観と土地利用の変遷をたどっている仙台西方の高野原地域において、平成11年度自然環境専攻科目『野外科学研究法』の一部として、現地視察を実施した。この授業では、高野原地域に典型的にみられる段丘地形と近年の宅地開発による土地改変について着目しながら、本プロジェクトの基礎的研究と同様な手法で、古地図や空中写真などを使って地形変化などの判別作業を室内で行うとともに、現地で比高を計測し土地利用状況を確認する野外作業などを行った。
d.その他
 本プロジェクトに関連する学習会を2回催した。各分担者が、仙台北方丘陵地域で行ってきた基礎的研究の内容を紹介するとともに、それぞれの関連性について議論しながら、環境教育での展開について話しあった。

 

5.課題と今後の展望

 本プロジェクトでは、環境教育実践研究センターが構想するフィールドミュージアムの一つとして、仙台北方の富谷丘陵〜松島丘陵地域の自然環境について、「里山」をキーワードに研究を行った。今回は、その第一段階として基礎研究を重視し、丘陵の自然環境や社会環境に関する現地調査や分析あるいは資料の収集と解析を中心に行った。その結果、地形・地質・植生などの自然環境要素や土地利用変遷などの社会環境については資料が蓄積されて、それぞれの特性が次第に明らかとなってきた。しかし、気候や生息動物などの自然要素についてはまだ網羅できていない。また、この地域の景観や土地利用は急速に変化しているため、その変化を刻々記録収集しつつ分析を加えてゆかなければならない。今後はこうした点もふまえて、地域の全体像をおさえるとともに、その中から公開や教育素材となりうる資料を精選しながら、さらに資料を追加してゆくことが必要であると考えている。
 一方、プロジェクト研究の柱の一つである、フィールドミュージアムとして研究成果を公開して学校教育での環境学習に資する点については、不十分なままとなっている。前者については、蓄積された資料をインターネットホームページ上で公開することが第一であり、そのためのコンテンツ化にまず取りかからなければならない。実際の掲示の際には、丘陵の自然や社会環境の現状を示す写真が効果的とみられるため、それを前提とした現地調査と画像の収集が必要といえる。
 実際の学校現場での教育実践を行う点ついては、対象地域内に立地する小中学校や教育委員会と連携して、地域の環境学習の題材として積極的に取りあげるように働きかける必要があろう。その際には、学習のねらいや背景を十分吟味した上で、本プロジェクトで蓄積された資料を精選し、学区の地域特性を活かした素材とオーダーメイドの学習プログラムを創出することが重要である。その実践にあたっては、本学の学部学生や大学院生(環境教育実践専修)の参画をぜひ進めてゆきたい。また、これまで実践を続けてきた公開講座や自然観察会(一般市民対象)あるいは自然体験型学習(本学学生や小中学生が対象)についても、その内容をさらに吟味して、継続するつもりである。
 今回のプロジェクト研究でも明らかになったように、仙台都市圏とそれを囲む丘陵地は全域にわたって、急速に環境が変わりつつある。いずれの丘陵でも、かつての里山が切り開かれて森林が荒廃し、それに替わって、住宅地や工業団地、あるいはゴルフ場や産業廃棄物処分場などになってきている。こうした丘陵地において環境教育を行ってゆく上で、今回のプロジェクト研究の視座とそれに基づく教育的方法や実践などの多くが適用され活用できるものと考えられる。そのため、平成12年度から新たなプロジェクト『仙台圏の丘陵里山における環境教育の展開』(平吹が代表)において、上述のような本プロジェクトで残された課題を解決するとともに、さらに地域を広げて環境教育の展開をめざしている。
 なお、本プロジェクトで行った基礎的研究および教育実践に関わる詳細な報告は、機会を改めて公表する予定である。

 

謝辞:大郷町商工観光課、同教育委員会、富谷町教育委員会には、公開講座の開催にあたって便宜をはかっていただいた。また、本プロジェクトの基礎研究や教育実践では、これまで多くの学部や大学院の学生によって支えられてきた。以下に記して感謝したい(敬称略)。荒木祐二・山本美奈・中島久美・富田瑞樹・菅野洋・櫛田恵子・西城光洋・大森浩美・新谷真吾・高橋良典。

 

* 宮城教育大学教育学部理科教育講座
** 宮城教育大学教育学部社会科教育講座

 

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